作文「朝鮮学校に来て本当によかった―卒業を前に」/
各地の朝鮮初中級学校ではもうすぐ卒業式。卒業生たちは様々な思い出を胸に、夢と希望を抱いて上級の学校へ、社会へと羽ばたいていく。中級部から朝鮮学校に編入した福岡朝鮮初中級学校中級部3年の崔○源君(○は木へんに大)が、14日の卒業式を前に思いを綴った作文「朝鮮学校に来て本当に良かった」の内容を紹介する。
◇◇
「ただいまー」
僕の兄と姉は、朝鮮学校に通ってからいつも元気よく帰ってくるようになった。
(なぜそんなに元気がいいのか、朝鮮学校に入って不安はないのか)
僕はいつもこう考えていた。
そこで朝鮮学校に編入した兄と姉に何度か尋ねてみたことがある。例えば「朝鮮学校って楽しい? 不安じゃない?」と。
兄と姉は決まって「全然不安じゃないよ。学校は楽しいし、あんたも朝鮮学校に来れば」と笑顔で話す。
当時小学校5年生だった僕は、朝鮮学校に行くのがとてもいやだった。そればかりか、自分が朝鮮人だということすらいやでたまらなかった。
……
それは小学校卒業間近のことだった。
担任の先生にどこの中学校に行くのかと聞かれた時、僕はすぐに答えられなかった。
家に帰り、アボジとオモニに相談したが、自分で決めろとだけ言われた。担任の先生にも相談したが、やはり同じような答が返ってきた。
このとき僕はパニック状態に陥っていた。朝鮮学校に行くとなると今の友達と別れなくてはならない。それはつらい。だからといって自分はまぎれもなく朝鮮人なのにこれでいいのか。
頭の中では、この「2つの学校」が毎日毎晩ぶつかり合っていた。
ある日、その悩みをハラボジに言ってみた。
1世であるハラボジは、うれしそうに祖国朝鮮のことをしゃべりだした。朝鮮のいいところや素晴らしいところを。それはまるで、僕に朝鮮学校で学んでほしいと言っているようでもあった。
ハラボジの話を聞いた僕は、心の中の迷いがなくなり、思い切ってアボジ、オモニに「中学から朝鮮学校に行く」と告げた。その時の、アボジ、オモニの嬉しそうな笑顔を今でもはっきり覚えている。
こうして3年前の4月、以前はあんなにいやでならなかった朝鮮学校に入学することになった。
その時の気持ちはドキドキとビクビクの連続。初めて出会った友達と話もできず、自分が何かひとりぼっちのような気がしてた。
でもすぐにトンムは増えていった。
やっぱりトンムがいなかったら学校は楽しくない。トンムがいるからこそ学校が楽しいのだ。僕は朝鮮学校に入学して最初の1年間で、トンムの大切さ、温かさを学んだ。
2年生の時は、学級委員を任された。クラスのみんなの助けやアドバイスと、最後まで一生懸命やらないといけないと自分に言い聞かせながらがんばった。
中級部最後の学年では、学級委員長を任された。それは僕にとって厳しいものだった。時には叱られたり、時にはほめられたり…。ことがうまくいかずトンムとけんかすることも度々あった。色々と忙しかったり、予期せぬハプニングにも出くわしたりしたけど、みんなのお陰で何とか「厚い壁」を突き破ることができた。
この3年間、いろんなことがあったけど、何よりも朝鮮人としての誇りを持てるようになったことが、一番の財産ではないだろうか。
朝鮮学校に来てからは、日本学校にいた時よりも2倍、3倍も力を出せた。自分のために朝鮮学校に来て本当によかったと、心の底から思っている。
中級部を卒業したら、朝高に進学する。
朝高生活は中級部と比べてあらゆる面で厳しいだろう。多分、「世の中そんなに甘くはない」と痛感させられることもあるだろう。だけど、この福岡朝鮮初中級学校で学んだ貴重な経験を生かし、どんな「厚い壁」も乗り越えていくという強い気持ちを持って歩んでいきたい。
ハラボジ、ハルモニ、アボジ、オモニのおかげで入学できる朝高での生活でもっともっと自分を磨き、生き生きと生活したい。これからの自分のために。