それぞれの四季

臭いと匂い


 花色はほんのり紅色がかったブルーグレー。

「ブルームーン」はバラ。甘さ控え目の涼やかな匂いである。華やかなバラ園の中でもこの花の前で一番長くたたずみ、花に顔を埋めるように香りを楽しむ。バラの香りはそれぞれに魅惑的で心を酔わせるが、ブルームーンの匂いは気持ちを穏やかにさせる。

 女学校の時、物理のテストで先生にえらく褒められた。クラスの大方が「臭い」と回答したのに、「匂い」と書いたのは唯一、1人だった。においの区別は文字にもあると、先生はまだ幼い少女らに言い聞かせた。

 1つ船で祖国へ家族訪問を終えての帰路。船室に6〜8名が乗り合わせた。客は中高年が多い。親しい知人が話しかけてきた。結婚する娘に香水をプレゼントしたいと言うのだ。「おしゃれらしいおしゃれもせず、民族学校の教員ひとすじに打ち込んで来た娘に、これからは香水ぐらいつけるゆとりを持って、幸せに生きてほしいと思うから」と言う。

 私は娘さんのひたむきな姿が目に浮かんだ。その母の子を思う心根に胸を打たれた。

  さっそく船内の売店に香水を求めに出向いた。あいにく知人の望むシャネルはなかったので、迷った末、初めての香水だからとデオリシモに決めた。満足した面もちで知人は船室に入った。とたん、「あっ臭い、臭い!」と1番年長の女性が騒ぎだし、続いて「香水きらい、臭い!」と、非難の矢玉が続発した。

  驚いた知人と私はデッキの風で香水の香りを長時間吹き飛ばしてやっと船室に入った。売店で香水を吹きつけたのがいけなかった。人工的な香りは人によっては匂いでなく臭いだった。 (童話作家)

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