女の時代へ

茨木のり子詩集−「倚りかからず」を読む
                                                        李芳世


  茨木のり子さんは1926年、大阪生まれ。帝国女子薬専(現・東邦大学薬学部)卒。53年、川崎洋氏と詩誌「櫂」を創刊。その後谷川俊太郎、大岡信らを同人に加え、叙情詩の水脈を作った。55年に「対話」、58年に「見えない配達夫」を出版。その頃の「わたしが一番きれいだったとき」などの詩は、青春の時を戦争によって奪われた当時の女性たちを代表する声となっている。詩風は明るく、闊達。批評精神の旺盛な作品も目立つ。主な著作に「言の葉さやげ」「ハングルへの旅」「鎮魂歌」など多数。

女性の自立と自覚うながす
自分の耳目、二本足のみで立って、何不都合のことやある 

 
茨木のり子さんは、敗戦後の日本の女性詩人を代表する1人。このほど7年ぶりの詩集「倚りかからず」(筑摩書房)を上梓した。静かに激しく紡がれた詩集には書き下ろし12篇を含む珠玉の15篇が収録されている。日常生活に題材をとり、鋭い現実批評を含んだ詩を書き続ける茨木のり子さんの独自の世界を、同胞詩人の李芳世さんに読んでもらった。

   もはや/できあいの思想に
   は倚りかかりたくない/も
   はや/できあいの宗教には
   倚りかかりたくない/もは
   や/できあいの学問には倚
   りかかりたくない/もはや
   /いかなる権威にも倚りか
   かりたくない/ながく生き
   て/心底学んだのはそれぐ
   らい/じぶんの耳目/じぶ
   んの二本足のみで立ってい
   て/なに不都合のことやあ
   る/倚りかかるとすれば/
   それは/椅子の背もたれだ
   け(「倚りかからず」)

 茨木のり子は毅然とした詩人だ。その詩はハッキリ、スッキリ、キッパリである。単純で平易で飾らなく、現代詩にありがちな難解さと観念的な世界とは無縁だ。あくまでも生活になじんだ人間の肉声を発する、まっすぐな言葉は胸にズシーンと響き、やがて発酵し、拡散する。凛とした姿勢は生涯微動だにしない。 (澄んだものが/はげしく反応してさざなみ立って )(「鶴」)いる。74歳にもなる人の、どこにそんなエネルギーとパワーが潜んでいるのか、詩に対する限りない愛情と、ことばに生きる熱意にただただ圧倒される。彼女の詩は少女のように、ういういしく、すがすがしく、みずみずしい。

 詩集が久しぶりにベストセラーになった。彼女の8冊目の詩集「倚りかからず」がすでに7刷になる。ミレニアムに相応しく広く愛読されることは、これからの人間の生き様に何か示唆を与えているような気がする。「詩が世界を変える」と言ったある詩人のことばが脳裏をよぎる。

 詩「倚りかからず」は茨木のり子の真骨頂だ。思想、宗教、学問、いかなる権威にも「倚りかからず」、じぶんの耳目、二本足のみで立っていてなに不都合のことやあるかとのたまう。「できあい」のうさんくささや、マヤカシを詩人の鋭い触覚で見破る。時代に流されず、惑わされず、騙されないために「じぶん」が在るということの確かさ、生きることの決然たる意志、はつらつたる詩精神、普遍的な社会批評が詩集全編を貫いている。

(なぜ国歌など/ものものしくうたう必要がありましょう…/私は立たない  坐っています )(「鄙ぶりの唄」)。反骨詩人・金子光晴をもっとも敬愛してやまぬのもうなずける。



 茨木のり子の詩は女性の立場から、しなやかな感性と、したたかさを内に秘めたおかしさで、女性の自立と自覚を促す。彼女の代表作「わたしが一番きれいだったとき」。誰からも一顧だにされずたくさんの人たちが死に、20代のうつくしさ(青春)までも奪い去り、踏みにじった、戦争への憤りと悔しさをこの詩は綴っている。その後 (わたしは わたしの流儀でやります) (「握手」)と宣言し、 おおいに叫ぼう (「おんなのことば」)と詩を書き続けた。

 茨木のり子と朝鮮との繋がりは深い。 (それは人肌を持っている…/オンドル部屋のあたたかさである )(「あの人の棲む国」)。朝鮮の人々にあつい信頼と友情を寄せ、( 雪崩のような報道も  ありきたりの統計も/鵜呑みにしない )(「あの人の棲む国」)。

 50歳から朝鮮語を習い始め、 (純潔だけを凍結したようなあなたの瞳が眩しい… )(「隣国語の森」)と、抵抗詩人・尹東柱に憧れもし、10年後には朝鮮の童話や詩などを翻訳する。1986年には童話「うかれがらす」を、90年には「韓国現代詩選」を出版した。あとがきに「いい詩は、その言葉を使って生きる民族の感情、理性のもっとも良きものの結晶化であり、核なのだと改めて思う」と結んでいる。

 詩集「倚りかからず」を読みながら、茨木のり子と向き合い、温かさに触れ、語らい笑った。

  (ゆるやかに流れていた時間) (「お休みどころ」)にほっこりと浸っていると、突然彼女の声を聞いたかのようだった。 (好きなら好きとまっすぐに/ぶつけてくればいいじゃない) (「口癖」)  (詩人)