就職、資格…在日同胞の社会進出/
日本の現状を探る


国籍問わず人物本位
枠にとらわれない、門戸開く大手企業

 昨年、在日本朝鮮人青年商工会(青商会)が会員を対象に行ったアンケート調査の中で、「自分の子どもがどのような人材に育ってほしいか」という問いに、61%の圧倒的多数が「民族的自覚を持ち日本社会に通じる人材」と答えた。民族意識を持ち、堂々と社会に進出してほしいという意識の表れであろう。ではその受け皿となる日本社会の現状はどうなっているのか、すでに社会進出を果たした在日同胞たちの声とともにまとめてみた。              (金美嶺記者)

社会の現状/
30社以上に採用実績

 かつて、日本社会では大手企業に就職する際、国籍の選択(日本への帰化)を迫られたり、就職が決まったにもかかわらず、後で国籍を理由に企業側から採用撤回を言い渡されたという例もあった。

 1970年に起きた朴鐘碩さん(1951年生)の、いわゆる「日立就職差別事件」は有名だ。

 朴さんは、大手企業の日立製作所の採用試験に応募者32人中、合格者7人という難関を突破し、合格しながら、在日朝鮮人とわかると採用を取り消された。

 朴さんは、「泣き寝入り」せず、あえて裁判で争った。同年12月から74年まで、裁判が行われたが、横浜地方裁判所は全面勝訴判決を言い渡した。朴さんは、晴れて入社した。

 30年前のことだが、この裁判はその後、露骨な民族差別の減少など、色々な形で社会に影響を及ぼしたと言える。

 もちろん、いまだに国籍差別の壁は厚い。だが、今まで確認されている在日同胞学生の採用実績のある大手企業は、ソニー、富士通、サントリー、鹿島建設、日本長期信用銀行、住友銀行、東京海上火災保険、安田生命保険、野村証券、三菱商事、三井物産、東芝、電通、全日空、西武百貨店、東急建設、NEC、富士ゼロックス、キリンビール、ナイキジャパン、アディダスジャパン、朝日新聞社、産経新聞社、日本経済新聞社、共同通信、NHK、TBS、日本テレビ、テレビ朝日、講談社など、各方面にわたり30社以上になる。採用の理由は様々だが、多くの企業が門戸を開きつつある。

チャレンジのバネ

 これらの企業には朝鮮学校出身の卒業生も多く含まれている。

 ナイキから昨年、アディダスジャパンに移り、スポーツプロモーション・デパートメントマネージャーを務める朴世権さん(42)は、朝鮮大学政治経済学部の出身だ。「学んできたことや可能性を生かしたい」とナイキを選んだ。「ぬるま湯につからず、恐れずに自分の人生に転換をもたらそうとすること。そんな朝鮮学校で培ったチャレンジ精神が生きた」。現在も朝鮮籍。日本だけでなく海外も飛び回る。「多少の不便はあるだろうが、ハンデなどと思ったことはない。僕にとってはチャレンジのバネ」という。

 倒産した山一証券の元社員で現在、第一勧業銀行の証券子会社である勧角証券に勤める金善弘さん(46)は、東京朝鮮中高級学校を出て理科系の大学に進んだ。千葉大学大学院を卒業し、大学の先生を目指していたが方向転換し、86年9月に山一証券に入社した。

 当時、金融界は米国のファイナンス理論を受けて、文系出身者より理系出身者の方を募っていた。教授に推薦され、会社の人事担当者と会ってみた。

 「朝鮮に対する偏見を感じなかった」ので入社した。社内的には朝鮮籍で苦労することはなかったが、海外出張には不便が伴った。「今は社会状況も変わっている。しっかりとしたアイデンティティーを持って、自己アピールをすべきだ」。

 日本の企業も世界のマルチカルチャー化の時代にあって、変化を余儀なくされている。「欲しい人材は国籍に関係ない。枠にはまらない人たちにどんどん会社を変えてもらわないと、金融自由化のなかで組織は生き残れない」(大手企業人事課長)。企業でも人物本位の採用が広がりを見せている。

 

経済同友会のアンケート、変わる意識/
語学、異文化受容力を重視

 では、今どのような人材を社会、企業は求めているのか。企業側の意識はどのように変わりつつあるのか。

 日本の社団法人「経済同友会」は、同会員のいる企業912社を対象に、企業の行動が教育に及ぼした影響を十分認識し、人材育成のために企業が変わるべきだとして、「教育に関するアンケート調査」を実施した。

 アンケートでは、学歴偏重の社会、受験競争は問題があると思うかについて、59.4%が「問題だ」と答え、「どちらかと言えば問題だ」の36.7%と合わせると、95%を越えた。

 「学歴よりも能力」と答えた企業のなかで、ビジネスの基礎・基本能力として、従来から重要なものと、従来重要ではなかったが、今後、重要性が増すものを項目別に比べてみると、「異文化を受容する力」という項目に必要性を感じていた企業が0社から、今後重要となる能力では99社に増えている。

 語学力も以前の14社から76社に増え、さらに、コンピューター活用能力、自己表現力も増え、これから必要だと判断されている。

 能力主義が大きな流れとは言え、不況の時代となれば、学歴主義が復活するという傾向もいなめない。だが、前述のアンケート調査結果からわかるように、有名大学の出身であることが、希望の企業に入社できる絶対的な条件ではない。要するに「入った者勝ち」という時代ではない。

 在日同胞学生にとって、常に言われてきた様々なハンデは、考え方を変え、努力によっては有利に転換することができると言えなくない。

 企業が関心を示している、語学力と異文化の受容力はプラスになる。

 昨今、朝鮮学校では英語の語学力のアップに力を入れながら、もっとも基本的なことである、朝鮮語の能力アップにも力を注いでいる。

 そして、在日同胞は生まれながらにして、在日外国人として日本で生活してきた体験を生かすことができる。その際、まずはしっかりとした自己の文化、歴史に対する認識が必要だろう。

 早稲田大学就職課も「ある程度の民族意識を持ちながら語学力などをアピールした方が自然だし就職後も貴重な人材になり得る。それを受け止める企業は増えてきた」と話している。

経済同友会が日本の企業912社を対象にしたアンケートの一部
(97年3月)

従来から重要な能力(回答数320社)

1.問題を発見する力                                   102社:33.7%

2.論理的に考えられる力                               110社:36.3%

3.常に新しい知識・経験・学力を身につけようとする力   113社:37.3%

4.情報を収集する力                                     42社:13.9%

5.人間関係を円滑にする力                              138社:45.5%

6.人脈形成力                                           12社: 4.0%

7.自己表現力                                           27社: 8.9%

8.交渉力                                               32社:10.6%

9.状況の変化に柔軟に対応する力                        61社:20.1%

10.異文化を受容する力                                  0社:   0%

11.語学力                                             14社: 4.6%

12.コンピューター活用能力                                2社: 0.7%

13.熱意・意欲を維持する力                              76社:25.1%

14.行動力・実行力                                     175社:57.5%

15.その他                                               1社: 0.3%


今後重要となる能力(回答数302社)

1.問題を発見する力                                     75社:24.8%

2.論理的に考えられる力                                 35社:11.6%

3.常に新しい知識・経験・学力を身につけようとする力     63社:20.9%

4.情報を収集する力                                     95社:31.5%

5.人間関係を円滑にする力                                4社: 1.3%

6.人脈形成力                                          14社: 4.6%

7.自己表現力                                          51社:16.9%

8.交渉力                                              28社: 9.3%

9.状況の変化に柔軟に対応する力                       161社:53.3%

10.異文化を受容する力                                99社:32.8%

11.語学力                                            76社:25.2%

12.コンピューター活用能力                            148社:49.0%

13.熱意・意欲を維持する力                             13社: 4.3%

14.行動力・実行力                                    27社: 8.9%

15.その他                                17社:  5.6%

 

各種の資格取得が有力な手段

 社会進出をするうえで、各種の資格、免許を持っていることは強みだ。

 大学生資格白書(96年)によると、日本の男女大学生を対象にした、「とっておきたい資格、免許について」のアンケート調査の1位は日本英語検定(英検)。ついで男子の場合、情報処理技術者、宅地建物取引主任者、国家公務員、公認会計士の順。女子は教員、公認会計士、秘書検定、税理士と続く。

 英検については、これからの人材として、英語力は欠かせないという社会のニーズはもちろん、求人側の認知度が高いという点、また比較的身近な試験ということがあって希望者が多いということなのだろう。また、上位の項目を見ると、免許として必要な資格(公認会計士など)、自己アピールのための資格(英検など)の二つに分かれている。

 資格を取った理由のベスト5は、(1)仕事に役立つ (2)知識の向上のため (3)社会的に評価される (4)自分の専門に近い (5)老後の収入を考えて、となっている。

外資系企業社員の池貴蓮さん/
朝高在学中に英検準1級

 朝鮮学校卒業生の場合、資格取得についてどう思っているのか。実際、資格を持って働いている人たちに聞いてみた。

 外資系企業に勤める池貴蓮さん(28)は、朝鮮高校在学中に英検準1級を取り、大学3年の時にTOEIC(米国の教育研究機関が作成した英語を母国語としない人たちのための英語によるコミュニケーション能力を計るテスト)を受け、825点を取った。(500点くらいが大学生平均)

 「とにかく語学を生かせる仕事がしたいと思った。結果は外資系になったけど、外資系だけを選んで受けたわけではありません。色々な会社を受け内定をもらいました。筆記で落ちれば仕方ないけど、面接では堂々と本名を名乗り、母国語である朝鮮語も使えると言えばたいていは利点になると思います」

 企業の門戸が開かれ、社会進出も目覚ましくなったとはいえ、在日同胞にとってまだまだ不安な点がないわけではない。だが、とにかく本名で、自己責任を明確にしたうえで社会に進出すべきだろう。