生活時間 オモニの1日
娘5人朝鮮学校に通わす
福岡県 久留米市の黄成子さん(47)
亡き夫との約束果たす
夫を病気で亡くして7年。福岡県久留米市で焼肉店を営む黄成子さん(47)は、残された5人の娘をすべて、夫との約束を守り朝鮮学校に通わせた。そして、先月、長女は宮崎の同胞青年との愛を実らせ、結婚式を挙げた。
焼き肉店営み睡眠3時間
「ここまで何とかやってこられた」
これまでの思いをめぐらせながら感慨深げに語る黄さんの苦労は並大抵ではなかった。夫が亡くなった時、初級部に上がる前の6歳の五女、筑豊朝鮮初中級学校に通う二、三、四女を抱え、19歳の長女は九州朝高を卒業して朝銀に勤めたばかりだった。
深い悲しみの最中でも黄さんは奮起した。
「どんなことがあっても4人の娘たちをそのままウリハッキョに通わす」
日本の学校を卒業した夫妻にとって子供に民族教育を受けさせたいという思いは、何があっても譲れない大切な人生哲学だったのだ。
しかし、ウリハッキョに通わす4人の学費、往復4時間かかる長距離通学の交通費の負担も重くのしかかった。オモニを助けたいと、長女は銀行を辞め、オモニの店で働くようになった。
店は夕方5時から深夜1時30分まで営業。店を閉め、ふとんに入るのは朝方3時。6時前には起床。朝食を準備して、娘たちの弁当4個を作り、6時50分には送り出す。
弁当4つ作り送り出す
こうして7年はあっという間に過ぎた。黄さんはしみじみ語る。「一番辛かったのは、長女と次女を店の仕事の犠牲にしてしまったということです。やっと楽になったので、下の娘たちには自分のやりたいことをやらせたいと思います」
娘たちを思うオモニの気持ちは心に染みた。五女で筑豊朝鮮初中級学校中級部1年の裕美さんは昨年「だんご5人姉妹」という作文を書いた。今年の在日朝鮮学生文学作品コンクールで佳作に入選した。その中でこう書いている。
「どんなに疲れていても笑顔で学校に送り出してくれるオモニは、忙しくても女性同盟支部委員長の仕事もやり、学校の財政のためキムチやチャンジャも売って本当に偉いです。でも一番偉いのは、5人の娘たちを1人残らずウリハッキョに送ってくれたことです。だから、たまには口喧嘩をすることがあっても、家族が1つの考えでまとまり、同じものを見て、泣いたり笑ったりすることができるのです」
黄さんは2月12日、長女の結婚式の日、夫の遺影にそっとつぶやいた。「りっぱに育ちました。後は父母の分まで幸せになれるようずうっと見守ってやりましょう」と。 (羅基泰記者)