文 学 散 策
「土地」 李箕氷
土地改革による農民らの喜びをリアルに描く 長編「土地」(1948)は、解放後の共和国においてもっとも広く人口に膾炙(かいしゃ)した作品である。主人公郭パウィを実在の人物のごとく親しみをこめて語る人は現在においても決して少なくない。それほどこの作品が与えた感動は大きいのである。 金剛郡は朝鮮屈指の景勝地をいただく内金剛に位置し、郡の85%を山林が占め、年間の平均気温が6.6度、鉄道も通らない厳しく貧しい村である。このような村で郭パウィは幼くして父を失い、14歳の頃にはもう「富貴貧賤は天の授けた運命だ」とのたまう地主の下で作男として働かなければならなかった。 名前のごとく(パウィ=岩)人一倍の力持ちで働き者ではあったが、郡庁から来た日本人農業技術者を殴ったことから6年もの懲役刑をくらい、その間に母は死に、ただ一人の妹プニも工場に売られて行方知れずになっていた。 土地改革は彼の運命を根本から変えた。作男で天涯孤独な30男の郭パウィが一夜にして土地の主人になったのだ。彼は超人的な努力で村の開墾事業とかんがい工事を成功させ、その年の秋には、収穫と同時にかつての地主の妾で世間体をはばかり自殺までしようとしたスノギとめでたく結婚するという、二重の喜びを味わうのである。 この作品は、1946年3月の土地改革令の発布の日から、1947年2月北朝鮮人民委員会創立までの1年間を背景としている。3〜4%に満たない地主に全耕地面積の約6割を独占され、収穫の50〜80%を搾り取られるという過酷な状況のもとで苦しめられてきた人々にとって、土地の無償分与がいかに喜ばしかったことか。作品が熱狂的に読まれたゆえんもこの辺りにあったろうと思う。 作品は李箕永にとってのみでなく、共和国においても解放後に出された最初の長編小説であった。と同時に朝鮮の南北を問わず農民文学の傑作と評されている「故郷」(1933)の作者の名を解放後いち早く世に知らしめた名作である。日本でも1951年にナウカ社から「蘇る大地」と題されて翻訳出版されており、当時在日同胞はもとより日本人の間でも大きな反響を起こしている。たとえば1970年11月号の岩波・「文学」誌に寄せた文の中で梶井陟氏は「この訳本によってはじめて朝鮮文学というものにふれたひとりなのだが、読みおえたときの感動を、今でも忘れない。そしてこの作品に描かれた人間像こそが、今後の朝鮮人民のすがたとして、たえず求められつづけていくのではないかと感じたのだ」と語っている。
作品は1960年、李箕永全集に収められたさいに「土地」3部作の第1部として訂正され、1973年にふたたび訂正本が出版され現在に至っている。 (姜相根、朝鮮大学校外国語学部教員) |