私はコリアン? 横浜の取り組み

現場の教員

「本名教えて!」、生徒に送り続けたメッセージ
通名の鎧から解き放つ

横浜市立中村小学校の「オリニ会」。全校をあげて
外国人児童の問題に取り組む学校はまだ少ない


日本社会の根深さ

 横浜市立生麦中学校社会科教員の今本陽子さん(55)が、自分のなかにひそむ差別意識に気付いたのは、教師に赴任して2、3年目のころだった。

 地理の授業で世界の国について教えた時、インドネシアからの帰国子女の日本人生徒に「インドネシアはどういう国?」と聞いてみた。授業が終わった後、ふと疑問が沸いてきた。「なんで朝鮮の子に聞けなかったのだろう?」

 日本の学校に通う在日朝鮮人の子供の大多数は日本名を名乗っているため、表面上は「日本人」だ。

 「隠してあげなきゃ、と思ってた。ストレートに歩み寄れなかった。口実をつけて避けていたんですね」

 自分の気持ちに気付いてからは、クラスにいる朝鮮人の子が気になりだした。子供たちは「違いを出せない環境」を鋭く察知し、「自分」を隠していた。

 まず、授業から取り組んだ。朝鮮通信史や朝鮮人強制連行の問題を扱ったのは、子供たちに「自分を出しても大丈夫」というメッセージを送りたかったからだ。

 試行錯誤が続いた。張り切って準備した朝鮮人強制連行の授業。クラスでも活発だった「わんぱく坊主」のコリアンは授業中、一度も今本さんと目を合わさず、ずっと下を向いていた。

 「韓国・朝鮮」籍はもちろん国籍が日本でも朝鮮に関わりのある子とわかれば「あなたの本名を教えて」と誰彼構わず声をかけた。しかし、「私、帰化するんだから」と最後まで逃げ続けた子もいた。

 また、本名を知らない子が多いことにも気付いた。気になる子の家には何度となく訪れたが、ある家では子供を正座させ、「実は朝鮮人なんだ」と教えると同時に「ほかの人に言ってはいけない」と釘をさしていた。通名を使わざるをえない複雑な思い、根深い日本社会の差別を今本さんは知った。

「配慮」という差別

 一方で心を開く子も出てきた。学校では「ツッパッた」子で、普段は日本名を名乗り、「帰化したい」とも言っていた。しかし、時々今本さんを訪ねてくる。2人で話す時は本名を呼び、名乗る。「日本人=朝鮮人」の関係が成立するのだ。周囲に「今本先生と話す時、彼女の表情が違う」と映るのは、「通名という鎧を着ていないからだった」(今本さん)。

 「日本人」の鎧を脱がすには、現場の教員が子供とのつながりを強め、関係を築いていくしかない。国際結婚や帰化者の増加により、日本国籍、日本名の子供が増えているからなおさらだ。しかし、多くの教員は「わざわざ通名を名乗っているのに、隠してあげるのが当然だ」と思っている。

 91年度の横浜市教育委員会の資料によると、市立学校に通う朝鮮人児童の通名使用率は8割。

 市教委は、毎年外国人児童、生徒の在籍把握を義務付けているが、これによると現在、約700人の「韓国・朝鮮」籍の子供たちが市内の公立学校で学んでいる。しかし、現場では自分のクラスにコリアンがいることすら知らない教員がいる。

 在籍把握をしているのにこのような問題が生じるのはなぜか。それは在籍把握が在籍係など一部の担当者の仕事にとどまり、学校全体の問題として認識されていないからだ。なかには「オリニ会」を設置するなど、全校をあげて取り組んでいる学校もあるが、朝鮮人と知ってもそのまま放置する教員も多い。

第一歩は教員から

 今本さんが勤める生麦中学校では、教員の意識を啓発するために外国人、障害者の生徒を抱える教員を対象にした「人権研修会」を開いている。家庭訪問や子供との対話を通じて、在日朝鮮人の思いを知る努力を促しているのだ。

 本人は本名を知っているか、日本に来たのはいつか、親子の間ではどんな会話があるのか、親の願い、悩み、前のクラスや小学校での様子、進路に対する考えなどなど、調査の過程では、子供たちの様々な姿、背景が浮かび上がってくるという。

 「最初は保護者や子供にどう触れていいのか、戸惑う教員も多い。しかし、教員が勇気ある一歩を踏み出さない限り子供や保護者は心を開かない」

 教育現場での第一歩は「子供の気持ちに向き合うこと」と今本さんは話す。 (張慧純記者)

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