関東大震災の朝鮮人虐殺から77年

拝外主義の根底を読みとる


相つぐ日本を、石原発言を問う書

 1923年9月1日に発生した関東大震災の時、約6400人の朝鮮人が虐殺された。この事件は、一般日本人の対朝鮮認識だけでなく、対アジア民族認識にも大きな影響を与え、後のアジア侵略戦争時の大量虐殺につながっていった。

 あれから77年、石原慎太郎東京都知事は今年4月、「三国人」という差別的かつ排外的な発言を行い、自衛隊を「軍」と呼んだうえで治安出動への期待を表明した。これは関東大震災時に起きたような「外国人狩り」の督励であったとすらいえる(「石原都知事『三国人』発言の何が問題なのか」徐京植・高橋哲哉・内海愛子編、影書房)。

 外国人に対する差別と排斥の扇動・助長行為と、その軍事的野望に対して在日朝鮮人と外国人、日本市民らは今も強い怒りを表している。相次いで刊行されている書物などからそれを読みとってみることにする。

南北首脳会談と日本の国家主義

 石原発言は、南北首脳会談の動きに水を差すようなものでもあった。

 朝鮮問題のミニコミ紙「粒」(33号)で、評論家の鄭敬謨さんは南北首脳会談と石原発言について詳しく解説しながら、彼の真意をこう読みとる。「何 オメーラ朝鮮人が統一をしたいんだって? おこがましいことをぬかすな」と。

 オーストラリア国立大学教授のテッサ・モーリス=スズキ氏は雑誌「世界」(8月号、岩波書店)でこう指摘した。

 「多くの人々が感じる経済不況や社会不安、そして急激な変化の時代に経験する、実在しながら、漠然としている恐怖を利用したという点で、この戦略はきわめて醜悪である。恐怖や不安感の真の原因を追及せず、むしろ恐怖を可視のスケープゴートへと誘導する」

 日本人の政治と経済への絶望感につけこみ、意図的に外国人を排除したい人たちを助長する、ということだろう。

 



 「日本の転換」(門奈直樹・姜尚中他著、毎日新聞社)は、こうした日本の政治と社会が国家主義になびこうとしている現状を診断し、21世紀の日本のあり方について探っている。

 石原氏の巧妙にして扇情的な差別的発言について作家の金石範さんは「―強大国日本を笠に着た極めて傲慢な発言である。過去の記憶の抹殺の手順の効果が、1つの症状として歴史の前面に出てきたということだろう」と指摘している(前掲の影書房刊所収)。

「忘却のヴェール」で覆い続ける

 周知のように関東大震災の朝鮮人虐殺は、日本国家としての真相究明も、謝罪も、補償も何1つなされず今日に至っている。「『日本国』および『日本人』が





このジェノサイド(民族大虐殺)を『忘却のヴェール』で覆い続けようとしている限り、在日韓国・朝鮮人たちの『集団の記憶』が癒されることはない」(「『三国人』発言と在日外国人」佐藤信行他著、明石書店)。





 好ましくない事実を無視し、都合のよいことだけを思い起こし強調する記憶と忘却のメカニズムを解析した「記憶と忘却の政治学」(石田雄著・明石書店)は示唆に富んでいる。





 「従軍慰安婦」の実態を史料的に裏付け明確にした「皇軍慰安所とおんなたち」(峯岸賢太郎著・吉川弘文館)は、被害者らの証言に耳を傾ける大切さを教えている。





 そして、シカゴ大学人文学部東アジア言語文化学科長のノーマ・フィールドさんは、論文「戦争と謝罪」で謝罪と補償を率先しておこなうことで、日本人は近代史の抑圧的な数章を反省するための道をととのえうるし、また道徳的な高い基盤に立つことができると、指摘した(「祖母のくに」所収、みすず書房)。

 ほかに、ジャーナリストの本多勝一さんが「貧困なる精神N集 石原慎太郎の人生」(朝日新聞社)で石原氏を厳しく批判している。 (金英哲記者)

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