介護保険 ここが問題
制度施行9ヶ月―――――――
同胞高齢者との間に溝
介護支援 センター |
申万洙 |
介護保険制度の開始から9ヵ月が過ぎましたが、在日同胞の視点からこの制度を見ると、多くの問題点が残されています。座視することのできない深刻なものばかりで、解決に向けていっそうの努力が必要であることを、現場にあって痛感する毎日です。
内容理解 介護保険は、制度を正しく理解し、手続きをしてこそ利用出来ます。しかし同胞高齢者は、歴史的事情により学ぶ機会を奪われ、文字を読むことも理解することも困難な人が少なくありません。 介護保険制度の趣旨および内容等は、主としてテレビ、新聞などマスメディアを通じて説明がなされています。日本の高齢者の場合はそれに加えて、自治体からの広報(「市政だより」など)や、町内会、民生委員がカバーしています。 しかし在日同胞の場合、言葉や風習の違いや今日までの歴史的な流れによって、そうした付き合いが少ないのが現状です。そのため、制度に対する周知が進まず、利用も伸びていません。 また、日本人高齢者の大半は、介護保険法制度が施行される以前から、行政が高齢者に提供してきた福祉サービスになじんでおり、介護制度は身近なものになっていました。これに対し、ほとんどの在日同胞高齢者は、そのようなサービスを受けた経験がないために、介護保険は新しい制度であると同時に「初めての制度」でもあるのです。 無年金 1945年の解放前には、同胞も日本の厚生年金が適用されていましたが、当時は厚生年金のある職場に朝鮮人が就職することなど考えられませんでした。 61年に施行された国民年金法では、在日同胞は国籍条項によって対象から除かれました。82年の国籍条項撤廃により在日同胞の加入も認められましたが、25年の加入年数を満たすことのできない高齢者や障害者には何ら救済措置がとられず、その結果、同胞高齢者の多くが無年金者となっているのです。 このような境遇にある同胞高齢者にとって、毎月の保険料と介護サービスの利用にともなう費用の1割負担は、あまりに重いといえます。 高齢者介護を語る際、利用者の身体のケアとともに、心の問題を無視することはできません。とくに同胞高齢者の場合、心のケアはより重要だといえます。 現状では、同胞高齢者の意志を尊重し、要求を理解し、適切に対処するサービスの提供は、非常に難しいと言わざるを得ません。 何より言葉の面で、利用者とケアマネージャー、ソーシャルワーカー、ヘルパーとの間に壁があります。また、事業者側に同胞高齢者の持つ歴史的事情や文化、風習などに対する理解が乏しいため、利用者は適切なサービスを受けられないか、逆にストレスがたまってしまうのです。 閉鎖性 私たちの同胞社会は、伝統的に儒教の影響を受けていることに加え、長年にわたり異国で生活してきた経緯から、閉鎖的な側面があることは否めません。高齢者の介護についても、親の面倒、子の責任をうんぬんしながら、次世代の女性ら家族に任せっきりにする傾向が根強くあります。 同胞社会で介護保険制度が正しく理解され、利用が促進されることで、こうした側面を正していく契機になるかもしれません。 世代の責務 78歳のハルモニを、足の悪い80歳のハラボジが介護している老夫婦。夫を45年前に亡くされた85歳のハルモニは、5人の子供を女手1つで育て、1人暮らしの今は、指とひざの関節が動かず、歩くことも不自由で、服のボタンを歯で止めながら生活されています。 20世紀初頭に始まった朝鮮と日本のゆがんだ関係が、新しい世紀を迎えた今になっても清算されず、差別と抑圧が形を変えて尾を引き、同胞高齢者の残り少ない人生に暗い影を落しているのです。在日同胞のこんにちの生活の基盤を築いてくれた同胞高齢者たちが、余生を有意義に過ごせるようにすることは、私たちの世代の責務であり、そうした社会を築くことは、次世代の幸福にもつながるはずです。 |