メディア批評(7)―長沼石根
映像フル活用した情報操作
同時多発テロ−米国の「正義」たれ流す日本の報道
やはり、米国での同時多発テロにふれぬわけにはいかない。「北」と無関係の話でもない。
衝撃の事件だった。6,000余の市民の日常が一瞬に暗転した。背景を探るのを怠ってはならないが、テロは厳しく問われるべきである。 メディアでいえば、映像、わけてもテレビの「威力」が際立ったが、同時に、新聞も含めて、報道の持つ危うさもあらわになった。 そのことにふれようとしていたら、9月25日付毎日新聞の「新聞時評」が目にとまった。風媒社代表の稲垣喜代志さんは書く。 「同時多発テロ」事件以来、マスコミは連日、洪水のように同事件を報道し続けている。テレビは ハイジャック機が激突し世界貿易センタービルが崩壊するシーン を朝から夜中まで放映、テロの非道さと被害者の悲惨さを全米、いや全世界の人々の目に焼きつけた。同時にブッシュ大統領はこうした映像をフルに活用した世論操作によって、米国民に「愛国心」を、全世界に向けて「報復のための聖戦」への参加を訴えることに成功した。 世論操作を、情報操作と言いかえてもいい。大惨事を目のあたりにした米国のメディアに冷静さを要求するのは無理かも知れないが、それでは日本のメディアはどうだったのか。結論からいえば、米国のメディアと同じ轍(てつ)を踏んだと言わざるを得ない。 言いたいことは山ほどあるが、ここでは外国の事件をどう扱うか、という点で、日本のメディアは大きな課題をつきつけられた、ということを指摘しておきたい。 人手が足りない。言葉の壁がある。勢い現地の報道に多く依拠せざるを得なくなる。その結果、今回の事件で言えば、米国情報のたれ流しになり、世論操作に乗ってしまった。 メディアには、今回の事件に限らず、情報を「整理」する役割がある。権力の動きも冷静にチェックしなければならない。 テロを生んだ背景は? 実行犯19人を3日後に特定した根拠は? ウサマ・ビンラディン氏を首謀者と断定した背景は?…。 少なくとも、事件後1週間の報道にこうした問いかけは一切なかった。 「北」の動向に話を移す。本欄で前にもふれたが、「北」は昨年来、活発な外交活動を展開している。9月3日には、中国の江沢民国家主席がピョンヤンを訪れ、金正日総書記と会談。 共同宣言などの文書発表はなく、中国が食料20万トンとディーゼル油3万トンの無償給与に応じたこと以外、具体的な話は伝わってこないが、首脳会談の大きな目的は、92年の中韓国交樹立以来ぎくしゃくしていた中朝関係を修復し、両国の結束ぶりを内外にアピールすることにあったのだろう。 9月6日付朝日新聞がいうように「中国にとっては、周辺地域の安定を求める外交方針が成果を上げた一方、北朝鮮はロシア(注・7〜8月の金総書記の訪ロ)に続き、中国との関係を強化し、対米協議への足場を固めた」というのが、一般的な受け止め方だった。 気になったのは、細かいことだが、朝毎読の3紙がそろって、両国関係は「完全」に正常化したとしている点。報じられた記事からは、なぜ「完全」なのか読み取れなかった。 その意味で、小島朋之・慶大教授の「かつてのようなみつ月関係に戻ることはない。今後は微妙な関係を保っていくことになるだろう」(同日付毎日)、あるいは7日付日経の「中朝は、国益に基づいた現実的な関係になりつつある」という見方も記憶しておきたい。 いずれにしても、米国のミサイル防衛(MD)に危機感を抱く両国が、あえてこの問題を表に出さなかったのは、米国を刺激したくない配慮とみられ、10月の上海APEC(アジア太平洋経済協力会議)で、中国が日米韓3国に、「北」の意向をどう伝えるかが、注目される。 中朝会談が生んだ具体的成果のひとつに、南北閣僚級会談の再開をあげてもいいだろう。江沢民訪朝の前日に「北」が提案し、帰国した翌日、「電撃的」に合意したのだから。 会談は15日から4日間、ソウルで開かれた。 南北首脳会談から1年経った今年6月、南北関係を「停滞」、「冷え込み」と報じていたメディアが、今回の閣僚級会談をどう伝えるか注目していたが、おおむね冷ややかだった。テロ報道で余裕がなかった、ということだけではなさそうだ。 メディアがいちばん期待した金正日総書記の訪「韓」問題に進展がなかったせいもあるのだろう、「あらためてかつて合意した事項を再確認しなければならないというのは異様だ」(同19日東京)とか、「一部を除いて目新しい合意は見当たらない」(同日付朝日)というが、はたしてそんなものだろうか。 会談に先立ち、14日付朝日は「同会談の定例化合意を優先課題」とし、「鉄道・京義線の南北連絡の早期完成と、金剛山への陸路観光、離散家族など人道問題解決、北朝鮮・開城の工業団地造成」などを韓国側が期待していると報じていた。 会談後発表された5項目からなる「共同報道文」を読むと、そのほとんどで合意に達している。離散家族の相互訪問や次回の閣僚級会談は、日程まで明記されていた。 合意がそっくり実行されるかに疑問なしとはしないが、9カ月の空白を埋め、しかもピョンヤンでの「8.15集会」への参加をめぐって南の世論が揺れている中での開催だったことを思えば、もっと違った見方もできる。日本のメディアの評価は、まるで南北和解を望んでいないようにさえみえる。 冒頭で、米国での同時多発テロが「北」と無関係ではないと書いた。 折も折、産経に気になる記事が載った。見出しを紹介するにとどめるが…、「テロ支援国家 北朝鮮解除遠のく? 米政権の姿勢硬化」(20日付)、「ビン・ラーディン氏 北朝鮮とつながり 99年版米公式文書に明記」(21日付)。 「テロ支援国家」は米国が世界7カ国に貼ったレッテルで、北朝鮮も含まれている。「テロ」をキーワードに、アフガンに向けられている刃が、突然「北」に振り換えられる危険はないか。米国の「正義」は時に気まぐれである。(ジャーナリスト) |