医療−最前線

心の病


 それは一幅の絵のような光景だった。ある日の病院の待合室。生後8カ月位の男の子が若いお父さんに抱かれて、声を上げながら、機嫌よく遊んでいた。

 微笑ましい姿に思わず声をかけてみた。

 「ママが風邪ひいたのかな」

 するとそのお父さんの顔が急に曇った。

 「……」

 しばしの沈黙の後に、彼がつらそうに話し始めた。

 結婚して子供が生まれたので、両親と同居することになった。最初はうまくいっていた。ところが、妻の妊娠、出産を機に両親と妻の間が少しずつぎくしゃくし始めた。ささいなことを気にして、喧嘩になったり、どうもうまくいかなくなって――。それで、思い切って実家を出て、こっちに引っ越して来たという。

 ああ、そうか。いわゆるマタニティーブルーというのかな、と思ったら事態はもっと深刻だった。

 「今日、来院したのは、ほかでもありません。妻が発作的に大量の薬を飲んで……」。というのではないか。屈託ない表情でよく笑い、よく遊ぶ赤ちゃんの陰でこんな深刻な母の病があったのかと、考え込んでしまった。幸い、発見がはやく命に別条はなかったものの、頼るところのないこの親子が何とも気のどくになってきた。

 聞けば28歳という夫は、半年間ハローワークに通っているが、思うような職がなく、そろそろ蓄えが底をつくという。この数年、こんな患者が急増している。
(李秀一・医療従事者)

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