取材ノート

日本社会に吹き込んだ風


 「2001年毎日介護賞」表彰式。注目が集まったのは、鮮やかなチマ・チョゴリだけではなかった。鄭禧淳・「エルファ」所長そのものの存在である。

 賞を後援した厚生労働省からも堤修三老健局長が参加。「エルファ」の活動はこれから日本が抱えるであろう問題に一つの示唆を与えるものと評価した。

 堤局長は「エルファ」の活動を聞き、米国に移住した叔父を思いだしたそうだ。50年前、広島から海を越えたその叔父は、現在母語として身につけた日本語しか話せないことから子供や孫ともコミュニケーションできずに苦労しているという。「エルファ」が介護賞を受賞したのは、福祉の目が届きにくい同胞1世に故郷の言葉や文化を取り入れた介護サービスを施した点にあったが、堤局長は 「エルファ」の活動は日本人移民の介護をはじめ、今後世界各地で起きるであろう同様の問題にも応用できるものだと話していた。

 あらゆる人に最低限の生活を保障することが福祉の基本精神、理念だとすれば、同胞高齢者が置かれた現状はその理念からかけ離れている。1世同胞は国籍条項により国民年金への加入が拒否されたことから、年金も受けられず、風習の違いから日本の福祉施設にもなじめない。自らの意志に反して過ごすことになった異国での晩年は決して穏やかなものではない。

 鄭所長はこの「不条理」を解くための活動にいち早く取り組めなかったことを自戒を込めて語っていたが、「エルファ」の介護事業を通じて1世は次々と元気を取り戻している。

 それだけではない。

 ボランティアの輪、同胞障害者の輪、「エルファ友の会」結成に象徴される朝・日の友好の輪…。そして「毎日介護賞」受賞に象徴される日本の福祉システムへの問題提起――。歴史的存在である在日朝鮮人ならではの構想と実践が日本社会に新たな風を吹き込んでいる。(慧)

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