ざいにち発コリアン社会
ボランティアで「出張カット」
大阪の美容師 金永淑さん
日本語を忘れてしまった金又蓮さん(88、写真左)に、ウリマルで優しく話しかける | ボランティアで同胞高齢者の「出張カット」をする美容師の金永淑さん(22) |
栗色に染めた髪、レザージャケットにジーンズ姿――。外見はいかにも「イマドキの若者」、美容師の金永淑さん(23)。2年近く、同胞が営む介護支援センター「ハートフル東大阪」(本社=東大阪市、申万洙社長)の利用者宅を回り、ボランティアで「出張カット」を続けている。「ハルモニの笑顔が好き」。気負わず、自然体で高齢者に向き合う日々だ。(李明花記者)
少女のような目 11月下旬、「出張カット」当日の朝。金さんは早速同事務所で自転車を借り、利用者宅に向かった。おしゃれな格好と、「ママチャリ」が意外な組み合わせだ。途中、急ブレーキをかけ、杖をついて歩く老人に道をゆずる気配りも見せる。「『出張カット』を始めて、今まで知らなかった高齢者の生活が見えてきた。お年寄りを見る目が優しくなったように思う」。 金さんは月に1度の休日を投げうち、西淀川区の自宅から片道2時間かけて布施駅前の同事務所に通う。1日に回れる利用者宅は多くて3〜4軒だ。 利用者の1人の独居ハルモニ(81)は、心臓を患っている。「1人では外出できないので金さんが来てくれて本当にありがたい。今日も朝から『いつ来るのか』と楽しみにしていた」という。鏡をのぞきながら、「ショートカットにしてほしい」と語る目は、まるで少女のようだ。 「きれいでいたい」 金さんがボランティアを始めた介護支援センター「ハートフル東大阪」は、在日同胞が密集して住む生野区、東成区、東大阪市を事業エリアとしている。利用者の半数がこのハルモニのように周囲から「孤立」し、介護の網から漏れている同胞高齢者だ。 その多くは、日本政府の差別政策のもとで無年金状態に置かれ経済的基盤がなく、住み慣れたトンネを離れたくないとか、夫、子どもに先立たれるなどさまざまな理由から独居生活を余儀なくされている。 「ヘアーカットについては今まで、介護時に長さをそろえるのが関の山だった」と、ヘルパーの申麗順さん(27)は語る。 ヘアーカットを希望するのは、ほとんどが女性だ。いくつになっても「きれいでいたい」という思いには変わりがない。「金さんが来てくれるようになって、利用者の表情が明るくなった。ウリマルが通じることも安心感を与えているようだ」(申さん)。 ハルモニっ子 幼い頃からハルモニっ子だったという金さん。布団を干したり掃除をしたりと、ハルモニ1人では骨の折れる作業を手伝ううちにばく然とだが、「福祉に携わりたい」と思うようになった。大阪朝高を卒業し、美容師として働き始めて2年が経った頃だった。介護保険制度の開始とともに、全国で初めて同胞が営む民間の介護支援センターが開設される話を聞いた。「役に立ちたい」と「ハートフル東大阪」をたずねた。 ボランティアに関する知識は皆無だった。末期がんのハルモニからの依頼に、とまどうこともあった。ヘルパーの手を借り、起き上がれない利用者の体を抱き上げてもらいながら髪を整えた。「亡くなっていくのが一番悲しい。異国で苦難を生き抜いてきた1世ハルモニたちの老後を少しでも輝かせてあげたい」。 一番うれしい瞬間 利用者の1人、金又蓮さん(88)は、63歳の息子さんと二人暮らしだ。故郷で成人したため、高齢とともに日本語を忘れてしまった。一切口をきかず、毎日接触するヘルパーでさえ、声を聞いたことがないという。カットが終わり、金さんが「タシオゲッソヨ、モム チョシムハセヨ(また来ます、お体に気をつけて)」と声をかけた。するとそれまで真一文字に結ばれていたハルモニのくちびるが、かすかにゆるんだ。「この笑顔をみるためにやらせてもらってる、という感じかな。一番うれしい瞬間です」。 金さんの笑顔を見ながら、若い世代がこのように1世を大事にしていくことが、民族性を代を継いで守ること、「豊かな同胞社会」を築くことにつながるのではないだろうかと思った。 |