女の時代へ

正しい歴史認識と豊かな知識こそ

朝鮮半島旅する心構え

大江志乃夫著「日本植民探訪」


 世界を旅するのは、今や特別なことではなくなった。リュック1つ担いで、隣町に出かける感覚で外国旅行に出かける女性や若者も多い。そんな中にあって、平壌、ソウルはじめ旧植民地の歴史と現在をたどる旅をして、「日本植民地探訪」(新潮選書)を書いた人がいる。著者は歴史学者の大江志乃夫さん。

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 大江さんの魅力は、歴史観の明快さである。朝鮮についてこう記されている。「日本は、固有の歴史と高度に発達した文化を持つこの民族全体を丸ごと植民地として支配してその文化を根絶しようとして、その民を日本の次なる新しい戦争の道具として使い捨てた。その傷はいまだに癒えずその怨恨はいまだに深い」。

 日本で台頭する野呂田妄言に集約される戦争賛美と植民地支配肯定論。大江さんはこの点について「日清、日露戦争までは正しかった、などという考え方は通用しない。日本の朝鮮植民地支配は美辞麗句のウソで固められた醜悪な歴史として出発した」と語り、いま改めて日本人の歴史意識を鋭く問い直す。

 本書では、日露戦争に駆り出され、元山に駐留する日本の一兵士が故郷に送った手紙が紹介されている。当時の日本軍(韓国駐箚軍)による義兵闘争鎮圧の凄まじさ――。「いわゆる殺し尽くし、焼き尽くし、奪い尽くす『三光作戦』は昭和の日中戦争の戦場で行われたのが最初でなく、すでにこの時の韓国の完全植民地支配をめざした武力行使の過程で、軍司令官の告示にもとづき公然と実行されたのである」と。

 著者の歴史認識の鋭さは、「従軍慰安婦」問題についても通底している。「『従軍慰安婦』という言葉は使ってほしくない。なぜなら、彼女たちは戦時国際法であるハーグ陸戦法規に規定する従軍者ではなく、したがってジュネーヴ条約で交戦者に準ずる待遇を定めた条文の適用を認められないからだ。彼女たちは輸送船に乗せるにも軍需品として物品扱いされたし、人格なき奴隷としてしか待遇されなかった。人格なき犬や鳩にたいして従軍ではなく、軍用という名称が与えられていたが(軍馬も正式には軍用馬匹である)、まさしくその意味からすれば彼女たちの扱いは軍用性奴隷にほかならなかった」。

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 老練な歴史家である大江さんは、朝鮮半島の南北の地に立って、様々な考察を試みている。本書でわけても面白いのが、「現代の金臾信を自負した朴正煕将軍」の項であろう。金臾信は新羅・文武王の時代、663年に唐との連合軍をもって、百済の復興を救援する日本軍を白村江に破り、668年に唐の高句麗掃滅戦を助けた人物。その功労によって最高の官位である「太大角干」を授けられた。その経歴そのものが、「現代版朴正煕」ともいえる。

 朴正煕は慶尚北道出身。第2次世界大戦中に日本陸軍の傀儡軍である「満州国軍」将校養成機関の軍官学校に第二期生として入学して日本の陸軍士官学校で学び、日本敗戦時は「満州国」陸軍中尉として骨の髄まで日本軍の手先として、朝鮮や中国の愛国者の生き血を吸った売国奴であった。61年に軍事クーデターによって政権を奪取すると、早速65年に「日韓基本条約」を締結し、日本からのいくばくかの経済援助とひきかえに米国の要請に応じ南朝鮮軍陸軍戦闘部隊をベトナムに派遣し、ベトナム人民への残虐行為を働いた。こうした米日帝国主義の二重のかいらいである軍事独裁者・朴正煕が夢見たのが、古代新羅のように朝鮮半島を「統一」することだったのだ。大江さんは本書で次のように指摘している。「つまり、朴大統領は、政治的にも軍事的にも経済的にも、『現代新羅』を発展させ、金大中の地盤とする『現代百済』を併呑し、さらに『現代高句麗』なる北朝鮮を合わせて朝鮮半島をめざすみずからを金臾信将軍の再現になぞらえたのであった」。朴正煕の異常ともいえる「古都・慶州の歴史的復元への執着とその意図」を大江さんは見事に看破しているのだ。「朝鮮統一の主体を新羅と考える韓国と…朝鮮統一は高麗によって初めて成し遂げられたと主張する北朝鮮との、歴史認識の鋭い対立が存在している」と大江さんは指摘しているが、親日、親米の売国・背族行為が、朴正煕の後継者たちに受け継がれてきたことが、その背景にあると言えよう。

 それにしても、現在の複雑な国際情勢や朝鮮半島問題を歴史・政治・軍事・文化の豊富な知識によって、説き明かす面白さは圧巻である。

 また、著者は平壌・大城山城跡を見ながら、隋の煬帝が企てた高句麗遠征がこの地で勇敢な高句麗軍の奇計にあい、壊滅的な打撃を被り、隋の滅亡の決定的な要因になった話を紹介している。まるで、千五百年の歴史の大河をたぐりよせ、縦横無尽に過去、現在に目を向けさせてくれるのだ。

 多くの同胞が平壌を訪れ、総聯同胞らの南の故郷訪問も実現した。朝鮮半島の古代から現在までの時の流れを共有できる時代だからこそ、人間と歴史を見るより確かな視点が求められよう。(朴日粉記者)

 大江さんは1928年、大分市生まれ。東京教育大学教授、茨城大学教授を経て茨城大名誉教授。日本近代史における軍事史を追究し、とくに実証的精緻さにおいて群を抜く「日露戦争の軍事史的研究」、「徴兵制」「戒厳令」「日本の参謀本部」などの著書を持つ。大佛次郎賞(85)を受賞。その深い歴史・軍事史的な知識が随所に生かされた本書には、日本の侵略戦争への徹底的な批判と、その地の人々への共感が息づいている。「小説のように面白いルポルタージュ」と評価されている。

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