メディア批評
自由闊達させない朝鮮報道
背景に「政治」、「中立」の歪んだ見方
長沼石根(ジャーナリスト)
メディア批評をしばらく担当させていただくことになった。長くマスコミの世界に身を置いたというだけで、評論家でも朝鮮問題の専門家でもない。時に見当外れの指摘をして失笑を買うかも知れないが、文責は全て私にある。
毎回、テーマを絞って検証することになるが、結果として読者のメディアとの付き合い方の一助となれば幸いだ。 不馴れな初回に免じていただき、ごく私的な話から始める。ご辛抱あれ。 本紙とは多少の縁がある。ちょうど10年前、3度目の訪朝後、朝鮮時報文化面に「ピョンヤンの街を歩けば」と題して2回、ピョンヤン市民の表情をレポートさせていただいた。前後して、私が当時在職していた新聞社発行の週刊誌に、〈最近ピョンヤン「取材人」事情〉というタイトルで、主に日本人ジャーナリストの行儀の悪さを、自戒をこめて寄稿した。 旬日後、主に週刊誌の記述をめぐって「週刊文春」が私を名指しで批判(「A新聞編集委員の奇妙な平壌レポート」)、会社には私が匿名で扱った複数の 文化人 が「記事は正確を欠く」と抗議文を寄せてきた。「査問」も受けた。 細い経緯を書く紙数はないが、やがて私は会社から減給処分を受けることになる。最近机の中を整理していたら、その時の「処罰」と題する社内文書が出てきた。前記と一部重複するが全文を紹介する(一部をローマ字表記に変えた)。 ――長沼は7月26日から8月5日まで休暇をとって「日朝友好親善の船」訪朝ツアーに参加し、その印象記を9月2日と9月5日の「朝鮮時報」に執筆した。「朝鮮時報」は北朝鮮系の政治色の強い新聞であり、政治色のない個人的な旅行印象記で、肩書なしの原稿とはいえ、そこへの執筆はA新聞記者として中立性を疑われる行為であり上司の許可を得ずに行ったことは軽率のそしりを免れない。本人は深く反省しているが、その責任は重大だと言わざるをえない。また長沼はそのあと、これと一部重なりあうところもある旅行印象記を「A誌」9月20日号に「A新聞出版局編集委員」の肩書つきで寄稿し、「A社の記者が朝鮮時報に」という社会的な批判を決定的なものとした。―― 改めて読むと、随分居丈高な文章だが、「会社の論理」に立てばこんなものなのだろう。 古証文を持ち出したのは、日本のメディアが「政治色」あるいは「中立性」ということについてどう考えているか、一端がうかがえて面白いからだ。といって現実の紙面が、彼らの言う程、中立的な姿勢で貫かれているかは疑問であり、むしろそう自覚していないのが恐ろしいのだが…。 話は突然変わるが、昨年6月の南北首脳会談から9ヵ月が経過した。会談を機に南北とも、外に向かって積極的に動き出した。とくに、日本のメディアが「閉鎖的」「世界の孤児」と批判してきた北の積極姿勢が目立っている。が、こうした動きが、日本政府の緊急課題である日朝関係、とくに昨年10月来中断している日朝国交正常化交渉にどう影響するのか、といった問題を論ずる報道にはほとんどお目にかかれなかった。 北はこの間、欧州連合(EU)を中心に、フィリピン、オーストラリアなど8ヵ国と国交を結んだ。昨年7月には東南アジア諸国連合(ASEAN)の地域フォーラムにも参加した。 参考までに記せば、今年に入って1月にオランダ、ベルギーと、2月にはカナダ、スペインと、3月にはドイツ、ルクセンブルク、ブラジル、ギリシャと国交関係を樹立した。その結果、主要7ヵ国(G7)のうち米日仏を除く4ヵ国、EU15ヵ国中13ヵ国と国交を開いたことになる。朝日新聞2月8日付によれば、スペインが「北朝鮮の142番目の国交樹立国」になるという。もう「孤立」どころではない。 こうした動きを新聞紙面で追っていて気になるのは、記事の余りの素っ気なさである。各紙ともほとんど外電で事実関係を伝えるだけで、背景に踏み込んでいない。わずかに朝日が 「国交ラッシュ」続く と4段見出しで大きく扱った(1月26日付)が、おさらい原稿の域を出ず、肝心の日朝交渉との関係にはひと言も言及していない。 なぜか、を考える前に、もう一、二点ふれておく。 時期を同じくして、アメリカではブッシュ政権が登場した。もちろん各紙とも同政権の対日政策などを中心に大きなスペースを割いた。では米朝関係についてはどうか。昨年来日本のメディアはクリントンの訪朝問題を丹念に追ってきた。当然、新政権登場で米朝関係がどう変わるのかが、大きな関心事のはずだが、ここでも読者は肩すかしにあう。 この問題に大きなスペースを割いたのは産経新聞と朝日新聞だが、前者はニューヨーク・タイムズ紙とブッシュ次期大統領(当時)の会見記事の引用で済ませ(1月16日付)、後者も元米国務省北朝鮮担当官の投稿(同17日)とミシガン大学教授との対談(同23日)を紹介するのにとどめ、自社の見解は出していない。 ブッシュ政権は早々に、米本土ミサイル防衛(NMD)配備を打ち出した。冷戦が終結して久しい今日、NMDが想定する「仮想敵」は北朝鮮、イラン、イラクくらいしか考えられない。ならばその視点から米朝関係をうらなってもよさそうだが、これまたほとんど踏み込んでいない。 北の積極外交もブッシュ政権登場もNMD配備も、それぞれが密接に関連していることは、素人にも想像がつく。読者は、その絵解きを期待しているが、なぜかそうした記事が出てこない。ひょっとして問題意識がない、といった語るに落ちた話かも知れないが、各紙がこうも似通った紙面しか構成していないところを見ると、ある種の意図=政治判断が働いているとしか思えない。 国交樹立を報ずる記事は前に書いたようにほとんど、外電に頼っている。ブッシュ政権の対北政策については、識者の意見や外国報道機関の記事を紹介するだけで、意図したほどに独自の見方・考え方を出していない。ちなみに、国交樹立「142ヵ国」と伝えた朝日の数字は「韓国統一省」から得たものだ。 朝鮮問題に限らず、日本のメディアは政治が微妙にからんだ問題になると、途端に腰が引けてしまうようだ。他者に頼るあまり、2月22日付朝日新聞夕刊は、米原潜の日本船「えひめ丸」沈没事件に関し、ワシントン・タイムスをニュースソースとした記事を一面に載せるという 離れ技 を演じてしまった。同紙が文鮮明の関わる極めて「政治色」の強い媒体であることは周知の事実である。 余談はともかく、朝鮮問題について私たちは、あのインドネシアやフィリピン、あるいはアフリカを報道する時の自由闊達な記事には当面、お目にかかれそうにない。「政治」や「中立」についての歪んだ考え方が、それを阻んでいるように思うが、どうだろうか。 変な中立幻想をもつから、腹が立ったり、足をすくわれた気分になる。そもそもメディアは政治的と思えば、一片の情報の受け取り方も変わり、紙面の裏側も見えてくる。北の情報の少ない朝鮮問題ではとくに、そう思う。 |