読書

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@「輝いて生きる」

 「障害者を恐がる人がいるけれど、もしも多数が障害者の社会だったら、逆に健常者の方が恐がられるかもしれない。要するによくわからないことが恐さを生んでいる。だから、もっと知ってほしい。そして心のバリアをなくしてほしい」

 著者の妹尾さんは、言葉と四肢に障害を持つ自身の体験をもとに、福祉や人権について全国で語っている。子供の頃、道ですれ違ったある母親が「見てごらん。いうことを聞かないと、あの子みたいになっちゃうよ」と連れていた子供に言って聞かせた。傷つき、閉じこもる彼を、両親は休みの度に外へ連れ出した。今も、妻の伊津枝さんと二人三脚でどこへだって出かけていく。すでに地元の群馬や東京、大阪、神戸、福島、新潟の朝鮮学校へも足を運んだ。障害も、民族の壁もゆうに飛び越える、その生き方はいつも輝いている。本書は、友人の心理カウンセラー・浅野良雄さんの提唱する「対話法」も紹介している。

 「全国の朝鮮学校生徒はもちろん、たくさんのコリアンの方々に読んでもらいたい」

 問い合わせはコリアブックセンターヘ。
(妹尾信考、浅野良雄共著、文芸社、1200円)

A「レプラなる母」

 「レプラ」とはハンセン病のこと。それでも分からなければ、ライ病と言えば分かっていただけるだろう。

 著者は肉親にハンセン病にかかった者がおり、右腕に斑点が出たことから、自分をハンセン病ではないかと悩み、死をも考えるほど追い詰められる。ハンセン病の叔父は朝鮮に渡り、その地で死ぬ。その遺児、千鶴と幼い日々を共に過ごしたが、彼女もまた朝鮮に戻り、行方不明に。

 精神の彷徨過程で、著者はハンセン病患者が隔離され、断種され、葬られてきた闇と、明治以後の日本がアジアを侵略し、アジアの人びとを虐殺した闇を白日の下に晒すことを己の文学テーマとする。本書はその魂の叫びであり、肉親の系譜と日本の歩んだ闇の歴史を綴った「長編叙事詩」とも言うべき作品。

 強制隔離政策である「らい予防法」が廃止されたのは、実に89年後の1996年であった。その責任が今、ようやく国家賠償訴訟で問われようとしているこの時、そして歴史わい曲教科書が検定合格しようとしているこの時、72歳になる老詩人の告発は重く、鋭い。そして、復権と復活を願う本書が与える光は明るいのである。
(松居りゅうじ著、皓星社、2000円)

B「歴史/修正主義」

 「歴史修正主義」という言葉に耳慣れない人も多いだろう。「アウシュヴィッツはなかった」とか、日本の朝鮮侵略を否定する様々な言質、それらの記憶や証言を否認、抹消しようとする動きをさす。

 日本敗戦後半世紀を経て、日本国内にはこうした「歴史修正主義」が台頭している。過去と向き合えない政治家、知識人らの暴論、妄言のたぐいがあたかも、戦前にタイムスリップしたかのような錯覚を覚えさせるのだ。

 本書はこうした動きに鋭い「思考のメス」を入れている。例えば―なぜ日本では、侵略や戦争犯罪に参加したことのない戦後世代の人までが「歴史修正主義者」になるのか。彼らは…「国家の犯罪がただちに自分の犯罪であり、『子々孫々』にまでわたる『ドイツ人』や『日本人』の犯罪であると思ってしまう。この前提に立つ限り、自分が無罪であるというためには、『第3帝国』や大日本帝国が無罪であったのでなければならなくなるだろう」と。

 日本で流布されている現状を鮮やかに映し出す好著であり、知的で哲学的な分析が魅力。
(高橋哲哉著、岩波書店、1200円)

C「たたかう新聞−ハンギョレの12年−」

 1975年、当時朴正煕の維新政権下にあった南朝鮮では中央情報局(KCIA)による新聞の検閲が大々的に行われていた。メディアは軍事独裁政権のいいなりになるしかなかった。それに反発し解雇された記者たちが民衆側に立った真実を伝える新聞を作ろうと立ちあがった。

 そうして刊行されたのが、現在南朝鮮で国内発行部数4位を誇るハンギョレ新聞である。同紙の株主は数人の資本家ではなく何1000人の庶民たちである。大企業に従属せず民衆側の報道をするためだ。

 さて、ここ数年の間に日本では「日米新ガイドライン」、「国旗国歌法」、「盗聴法」などが制定され、日本は戦争態勢をますます固めつつある。

 一部の新聞は権力と一体化し、公然と自衛隊の海外派兵を主張するまでになった。かつて朝鮮、アジアに対する侵略戦争を積極的に煽った新聞がその反省もなく同じ過ちを繰り返そうとしている。

 日本で大衆の目線で真実を伝えるハンギョレのような新聞が刊行される日は来るのだろうか。

 懐疑的にならざるを得ない。

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