侵略美化の教科書

「誇り」ならぬ「埃」まみれ


 歴史家の大江志乃夫さんは言う。「日本と韓国は合併したのではない。日本が韓国を併合したのだ。1910年8月29日の条約の名が『韓国併合に関する条約』であることから、この事実は明らかである。しかも、併合という言葉はこのためにわざわざ造られた言葉であった。このことは韓国併合に関するさまざまの文書の草案を書いた当時の外務省政務局長倉地鉄吉がみずから証言しているので確かである」。なぜ、こんな手の込んだことが行われたかと言えば、「合併では日本と韓国が対等の立場で連邦になった印象を与えかねないし、そうかといって、実質がそうであっても言葉の上では日本が韓国を一方的に支配下に組み込んだ印象をあたえたくない」という「苦心」の末の造語だったと言うのだ。

 大江氏は「このエピソードに示されるように、日本の朝鮮植民地支配は美辞麗句のウソで固められた醜悪な歴史として出発した」と断罪する。

 あれから90年の歳月が流れた。日本ではアジア諸国の強い反対を押し切って「新しい歴史教科書をつくる会」の教科書が検定を通過した。日本政府の高官が、民主主義的な検定手続きによって合格したとうそぶく教科書には「韓国併合の後、日本は植民地にした朝鮮で鉄道・灌漑の施設を整えるなどの開発を行い、土地調査を開始した」などという記述で溢れ返っている。

 「植民地にしたから、おまえたちは発展したんだぞ」と言わんばかりに…。「韓国併合」当時も「大阪毎日」は、「彼ら(朝鮮民族)は幸福なり」と書き、「東京朝日」は「(韓国)民衆の福利を増進せしめたまわんがため」と恩着せがましく書いていたのを思い出す。

 「日本人の誇り」とは笑止千万。史実をまっすぐに見ると「自虐」になるから、ウソでも並べないと「誇り」は生み出せないというのか。それは「誇り」ではなく、「埃」だよ。

 そう言えば、「つくる会」の藤岡信勝副会長は、96年、中学校の教科書に「従軍慰安婦」の記述が初めて登場した時に「この問題こそは日本国家を精神的に解体させる決定打として国内外の反日勢力から持ち出され、…国際的な勢力と結びついた壮大な日本破滅の陰謀なのである」と難癖をつけた御仁。

 いやはや、もうつける薬がない。「従軍慰安婦」問題は、誰かが持ち出したものではない。日本の植民地支配や侵略戦争が引き起こしたものであって、その責任を果たすべきなのは、日本自身なのだ。歴史から排除されてきた被害女性の勇気ある証言に、いま国境を越えてうねりのような共感が広がっている。再び彼女たちの尊厳を貶めることは誰にも許されない。

 神を信じ、人間を深く見つめてきたクリスチャンの作家・故三浦綾子さんは、この問題について問う記者に、「本当に申し訳ないことを……」と言ったきり、声がうるみ、言葉にならない。そしてこう語った。

 「戦時中の日本政府は、朝鮮や中国の若い女性を無理やりに連れ去って、日本の軍隊のためにその体を提供させ、乱暴、狼藉を女の体の上に働いたのです。人の家に大砲をぶち込んで女を連れ去って、何にもしていない、侵略していないと、どうして言えるのか」と。

 人間愛がほとばしる三浦さんの言葉には、醜悪なウソと独り善がりがまかり通る日本の状況を圧倒する力があった。(朴日粉記者)

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