地名考−故郷の自然と伝統文化
慶尚北道−F各市の特産物
栄州・豊基高麗人参の産地
司空俊
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金泉は大邱と京釜線・大田の中間地点にある。かつて尚州を経て安州に至る慶北線(1905年開通)の分岐点に位置していたので、人口が増え市場が開けた市である。平壌、ソウル、全州、江景とともに朝鮮5大市場と呼ばれていた。
この地で最も有名なものは泉質のよい水で醸造した「過夏酒」である。古くから名をなし、一時は中国まで知れわたったほどうま味のある酒だ。 また、鍮器、葛布壁紙も産する。そして近くにそびえる秋風嶺は、嶺南と嶺北の分水界に位置している。ここを境にして風土も人情もガラリと変化すると、最近ここを訪れた友人は言う。 栄州は豊基高麗人参の産地である。豊基は栄州の北方11キロメートルに位置し、錦山、扶余とともに南朝鮮3大人参産地として有名だ。古跡には、676年建立された朝鮮最古の木造建物の1つといわれる浮石寺の無量寿殿があり、高麗時期の壁画が残っている。 奉化は春陽木の産地。天然記念物の熱目魚(コグチマス)の生息地である。この魚は氷河時代の生きた化石といわれている。 尚州は洛東江西岸の渡津(渡し場)で発達した所である。「三白の地方」で稲作は慶北道で一位である。三白とは白い色の「米、麦、繭(マユ)」を指す。かつて尚州は生糸の産地で、「尚州明紬」として有名であった。商人は「尚州のものでなければ触れるわけにはゆかない」といったという。最近は化繊に押されて、つるし柿が特産にかわっているという。 慶州と尚州の頭文字から慶尚道という地名が付けられたとあって、むかし地方長官に赴任すると、任地にいく準備として尚山言葉(尚州と善山)を覚えたという。これが官界語の基準とされたとも。イントネーションがやわらかく、繊細であったからという。 醴泉の地名は、路下里にどのような日照りでもかれることがなかった泉があったという由来による。河床が高く、洪水の危険も高い。サツマイモと焼酎(45度)が特産である。南朝鮮で生産される弓矢の75パーセントがここでの生産である。伝説によると、西方には竜と虎が争うのを防ぐために建立されたという五重塔がある。 聞慶は雨量が多いので、山地のうち80パーセントが米、大麦、タバコ、楮(朝鮮紙の原料)を産する。ここのセメントは質が良い。邑の西北11キロメートル地点に聞慶峠があり、嶺南からソウルにぬける最大の関門であった。ほかに主屹関、鳥谷関、鳥嶺関があった。聞慶峠(梨花嶺の別称=548メートル)を有名にしたのは歌であろう。 聞慶峠は伊火とか梨花峠と呼び、156年に開かれたとされる古峠である。忠清道からみれば新羅にぬける峠だというので「鶏林嶺」とも呼ばれた。花崗片麻岩が断崖絶壁をなし、1本の道で72曲があるという。それで歌詞にもあるように登りながら70里、下りながら70里というわけである。(サゴン・ジュン、朝鮮大学校教員) |