南を代表する詩人、高銀さんに聞く
統一時代を生きる民族の歴史を
出会いによって異質は克服できる
昨年6月、金大中大統領の特別随行員として訪北した南朝鮮を代表する詩人、高銀さんが先日、訪日した。あらゆる自由を抑圧した朴正煕軍事独裁政権時代から、社会の民主化を目指して、民衆の心をとらえた作品を多数創作し、民族文学運動の先頭に立ってきた。滞在3日間(4月19〜21日)、藤原書店主催のシンポジウム(5面に詳細)にパネラーとして参加し、日本の各紙・誌のインタビューなど多忙なスケジュールをこなし、帰路につく直前、本紙のインタビューにも快く応じてくれた。成田までの車中、始終笑顔を絶やさず丁寧に、「統一を志向する民族文学とは何か」について語ってくれた。(聞き手 金英哲記者)
民族の異質性を克服するには、どのような観点と態度を堅持しなければならないのか。 われわれは55年以上も、分断という痛い時間を過ごしてきた。この時間は私たちにとって、非常に堪え難いものであり、この時間がいつ終わるのかを心待ちにしながら、今を生きている。しかし、私たちの過去には、1つの民族が1つの領土で暮らしてきた民族史がある。そして、これから1つの生が一緒に暮らすことのできる民族史が再来すると確信するならば、分断という時間は「小さな谷間」にしか過ぎないだろう。共に暮らしてきた同質性、共通性があるからこそ、これから一緒に暮らすことのできる同質性、共通性が生まれるのだ。 分断の時間とともに1つの民族が2つの異なった道を歩んできたが、この異質を今すぐ壊すことができないにしても、互いに異質性を認め、少しずつ同質化へと向かわせることは可能だ。それをわれわれは統一志向という。 例えば分断時代の文学。南北それぞれ自分の文学を持っている。互いに、それを荒唐無けいなものとして見るのではなく、長い歴史の中で培ってきた成果として認めることが大事だ。 言語は基本的に同じであっても、使う単語やその意味などは大分変わってきた。分断を克服する過程、統一元年という時代の下で、文学は相通じ合わなければならない。あたかもそれは、異なった場所で暮らしていた夫婦が仲直りし、1つ屋根の下で一緒に暮らすなかで、情緒や思想、価値観などを通じ合うようにしていくようなものだ。そのように、私たちも会うことを重ねていけば、異なったものが少しずつ似通うようになり、ついには同質性ないし共通性を見いだすことができるだろう。これが統一へと向かう文学の基本的態度といえる。 民族文学とは「統一の道具」だと主張してこられた。現時点で民族文学が果たせる役割は何か。 朝鮮半島にはいまだ完成されていない歴史的現実がある。その意味でわれわれに課された任務は、分断を打破し民族を1つにする歴史をつくることだと思う。 7、80年代の文学は軍事独裁勢力に対抗するためのものだった。その時代は終わったが、21世紀の間、民族文学は絶対に後退させてはならないし、かつての時代とは違う新たな文学論を模索していかなければならない。新しい時代が来たからといって、文学は一気に変わるものではないが、多くの試行錯誤を重ね、さまよい、悩みもだえる過程で、新たな可能性が生まれる。 例えば世界市場を支配している新自由主義、グローバリゼーション、その渦中で民族性をどう守っていくのか、などの新しいテーマに文学は果敢に挑んでいくべきだと思う。 昨年6月、われわれの歴史は頂点に達した。 そのとおりだ。飛行機は飛び発った。もう誰も止められない。統一元年―。統一が10年、20年かかろうとも、もう分断時代を生きるのではなく、統一時代を生きるという意味だ。 かつて酒席の場で、文益煥牧師(故人)が「統一はもはやなった」と言ったのに対して、私も「分断自体が統一だ」と応えたことがある。まさに、われわれは昨年6月以降から統一時代を生きているのだ。あれから1年を迎えようとしているが、在日の若い世代はこのことをしっかりと頭にいれておいてほしい。 民族の同質性を見いだすための焦眉の課題は何か。 なんといっても、南北が一緒になって「ウリマル大辞典」を編さんすることだ。 北の「朝鮮語大辞典」には固有語が驚くほど整理されていて、民族の名誉として自慢できるものだ。南でも多数の辞典が出版されてきた。しかし、それぞれ体制の影響をある程度受けているので、単語の意味、解釈や文体の使われ方などが大分違う。だから、言葉の「マンナム(出会い)」が必要なのだ。「ウリマル大辞典」の編さんは統一後の「宝物」として、民族のきょう持を高めるうえで最大の役割を果たすだろう。 マル(言葉)には、民族史の全運命を規定する力がある。マルは「存在の故郷」とも「叙述主体」とも言う。主体が脅かされようとしているとき、主体が失われようとしているとき、主体を守ってくれるのが「マル」なのだ。 在日、海外の若い同胞文学者たちにメッセージを。 民族文化の所産であるウリマルや文学を守るには、血のにじむような努力が必要だ。それで私は「世界韓民族作家連合」(WKWN)の会長就任時(1月)、朝鮮半島の民族的和解と共存、そして統一を志向した民族文学、地球化時代の民族文学のために、各地域のキョレ(はらから)文学と本国文学の同時的向上を図っていこうと呼び掛けた。この志向性を理解してほしい。 |