メディア批評B―長沼石根
新しい時代の新しい発想を
「行政」が先行「在日」への情報発信
久しぶりに新宿・歌舞伎町から新大久保に至る一帯を歩いてみた。 職安通りの表情は、4、5年前と一変していた。日本語の陰からそっと顔をのぞかせていたハングルが、大手をふって歩いている。ハングル表記だけの看板も珍しくない。 「客の9割は在日だからね。わざわざ日本語の読みを入れることもない」と、屋台を仕切る若者が言っていた。 職安通りから大久保通りに抜ける小路にしても、ハングルを見かけない通りはない。駐車場の脇に「無断立ち入り禁止」の札があったり、洗濯屋の店先に「配達注文受け付けます」の張り紙があったり。こちらも、日本語の方がカッコの中に収まっている。 文字だけではない。立ち話をする若者や携帯電話をかける女性の口から漏れるのも朝鮮語。一瞬、ここはどこの町かと思ったりする。テレビがよく、この辺りの「うまいもの屋」を紹介するせいか、日本人の若い女性も結構見かける。「韓国家庭料理」とある店に入ると、彼女たちはすぐ分かる。周りのパワーに圧倒されたように、じつに行儀がいい。主客はここでも交替していた。 界隈にはもちろん、昔からの民家の方が多いが、住民はまるで国際化に背を向けたように、ひっそり暮らしている。古い友人が「だめなんだよなあ、日本人は。彼らと交わろうとしないで、戸を閉ざしている」と笑っていた。「在日」に若者が多く、住民は高齢化しているせいもあるのだろう。 職安通りの南側にオープンした食材中心のスーパーもにぎわっていた。品数が多い。値段も安い。レジの脇の棚には、その日のソウルの朝夕刊が10紙ほど並んでいた。 通りのあちこちに小さなスタンドがあり、チラシの類が置いてある。中には100ページもある月刊の生活情報誌もあった。なにもかもそろっていて、「在日」たちに不便はない。 ふと、日本のメディアは彼らにどう対応しているのだろう、と思った。テレビも新聞も、この辺りを取材対象とはしてきたが、彼らへの情報発信を考えたことがあるだろうか。 在日外国人が百万を超える時代である。日本のメディアもそろそろ発想を変えて、彼らへの情報発信を考える時期に来ている。 人口約29万の新宿区に外国人登録者は約2.5万人。韓国・朝鮮人が9600人で1番多く、中国人7600人が続く。同区では99年春、米・中・朝3ヵ国語対応の「生活指南帳」を発行した。207ページもある。区役所の区民相談の窓口にはやはり3ヵ国語に対応する係員が日替わりで座っている。ロビーには、「ごみの出し方」を説明したハングルのチラシも置いてあった。 外国人への対応が早かったのは、区民25万人のうち、1万5000人の外国人を抱える豊島区である。残念ながら朝鮮語版はないが、89年から中国語、英語版の広報紙を隔月で出している。「生活手帳」も年1回、同様に2種類出してきた。 「行政」の方が、メディアのはるか先を走っているのである。朝日新聞の「マリオン」欄や読売の「シティライフ」欄、毎日「いきいきレジャー」欄などが彼ら向きの情報を扱ったら、きっと大歓迎されると思うよ。 そんなことを考えていたら、4月23日付朝日の「ひと」欄に目がとまった。「在日高齢者向けデイサービス施設」を開設した女性を紹介している。これに連絡先の電話番号でも添えれば、立派な情報発信になる。「在日」の記者もふえている。いろいろ試みてほしい。 □ ■ □ 日々の紙面は、相変わらず欧米の動向が幅をきかせている。朝鮮半島といえば、まるで歴史教科書問題しかないかの如くである。とくに、「北」の素顔にふれる報道はほとんど見当たらない。メディア側はいつも、北が門戸を閉ざしているから、と弁解してきたが、果たしてそれだけだろうか。例えば昨年の北の飢餓報道に顕著だったように、日本のメディアは米国や韓国が騒ぐと、便乗したように紙面を大きく割いてきた。 北の食糧危機はいぜん、厳しいらしい。 4月17日の各紙は、国連の世界食糧計画(WFP)の報告を伝え、「今年の食糧不足は1998年以来、最も厳しいものである」(日本経済新聞)とのWFP北朝鮮駐在代表の発言を引いている。が、その後何日経っても、続報がない。電話も通じれば、訪朝者も多い。要は、鮮度に欠けるということか。まさかと思うが、人道問題にはやりすたりはない。今年も「例年より深刻」(朝日)なら、実情を伝える努力をすべきなのに。 折も折、4月13日付毎日新聞夕刊の「金正日総書記は日本の芸能界通?!」という記事が目を引いた。同7日に訪朝してコンサートを開いた韓国人の人気歌手キム・ヨンジャへのインタビュー記事である。各紙とも彼女の平壌公演は伝えたが、日本に戻った彼女を直撃したのは東京新聞と毎日だけ。とくに後者は、総書記の印象に絞ったインタビューで、思わず「座布団一枚!」と声をかけたくなった。少ない情報をどうカバーするか―担当した鈴木琢磨記者は、時にコースが外れるが、しばしば奇抜な着想で読者の関心に応えてくれる。 3月の話に戻るが、朝日が19日から6回連載した「名前」にふれておきたい。 日韓W杯に向けた企画の第3部で、「朝鮮半島にルーツを持ち日本に住む人たち」6人を中心に取り上げた。 第1回は12年前に亡くなった人気俳優・松田優作こと金優作。週刊誌がよくやる「あの人も朝鮮人」と同工異曲かと思ったが、六者六様、職業や年代にも配慮してそれなりに読み応えがあった。 印象に残った言葉をいくつか拾うと―、「見えない力に排除されている感じ」(歌手のジョニー大倉さん) 「本名を使うことで、仕事の機会を失うかもしれない」(俳優の木下ほうかさん) 「心ないヤジを何度浴びたことか」(元プロ野球選手の張本勲さん) 「名前を使い分けるのはしんどい」(大学生の閔丹香さん) 「警察や行政は困っても知らんふりをする」(実業家の韓昌祐さん) 取材者たちは彼らの被害体験にじっくり耳を傾けたが、その背後にある加害者の側にまで迫る目配りに欠けていた。 一例をあげれば、日本のプロ野球協約にふれて、「日本の高校、大学などに一定年数在学した選手は外国人扱いされない」と軽く流したが、その一項に至る経緯を追うだけで、差別の歴史が浮かび上がってくる。大体、「外国人扱いされない」ということ自体、何とも勝手な理屈ではないか。連載は尻切れトンボの感じで終わった。加害者への言及も含めて続編がある、と思いたい。(ジャーナリスト) |