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魅力的な「高句麗の影響」説
「キトラ古墳とその時代」 続・朝鮮からみた古代日本
キトラ古墳といえば、すぐさま先日、デジタルカメラを使って見つかった「朱雀」の壁画のことに思いがおよぶ。全浩天氏の「キトラ古墳とその時代」の刊行は、「朱雀」発見と同時期であるから、もちろん「躍動する」と形容された「朱雀」の壁画にはふれていない。
しかし、「朱雀」発見によってふたたび大きく人びとの心をとらえたキトラ古墳とその壁画を全面的に論述した本書は、まさしく時宜を得た出版物として、ひろく歓迎されるにちがいない。 キトラ古墳の壁画は、すでに石室の天井に正確な天文図が描かれ、北壁に玄武、東壁に青竜、西壁に白虎が鮮やかに描かれていたことで知られていた。したがって全氏は、本書の第1章の「キトラ古墳の天文図と四神図」と第2章の第4節「キトラ古墳と高松塚古墳壁画の故郷を求めて−傑作の中の傑作は高句麗四神図−」で、キトラ古墳の天文図や四神図について優れた考察を展開している。 本書は、「キトラ古墳の天文図と四神図」「飛鳥京苑池と亀形流水遺構」「平安京−桓武と秦氏」「丹後半島の渡来文化」「古代出雲と妻木晩田遺跡」の5章からなる。いずれも朝鮮との関係・影響をみるのに見すごせない重要な古代日本の遺構や遺跡や史迹の問題を的確に把握・論述している。 章題にみるように、全氏はキトラ古墳とその壁画だけを追究しているわけではない。にもかかわらず、この本を「キトラ古墳とその時代」と題したのは、キトラ壁画古墳や亀形石造物、苑池・庭園地をふくむ流水遺構を中心にすえて考えてみるとき、7世紀における朝鮮3国の興亡と、推古・聖徳太子の時代をふくむ「専制的日本国家」の形成・確立の時代における朝鮮半島からの渡来と、その影響関係とを、さまざまに再検討する必要があるのではないかという意味からであるという。 キトラ古墳の壁画は、「唐に学んだ画師が描いたものか」とし、「すでに668年に滅んだ高句麗の直接的影響を受けたとは考えがたく、唐の影響を受けたものであることは疑いなかろう」(白石太一郎説)などと説く研究者は少数ながら存在している。 しかし、大勢はキトラ古墳の天文図や四神図は、高句麗の影響を強く受けているものとみなしている。全氏も、キトラ古墳の壁画が「唐の写実的な表現形式を表わす画技」「新しい初唐絵画の新風を伝えている」(百橋明穂説)という所説にたいして、高句麗古墳壁画の実例をあげて厳しい反論を加えている。誰しも、これを傾聴に値する所論として納得するであろう。 限られた紙面では、この本での成果のすべてを紹介できない。ただ亀形石造物をめぐる考察も説得力のあるものとしてふれておきたい。 朝鮮の亀の神話と伝承にまで論をさかのぼらせ、古代朝鮮の亀甲羅形蓋石や亀趺などの石造遺物にかかわらせての全氏の論説に魅力を感じるのは独り私ばかりではあるまい。 「キトラ古墳とその時代」 続・朝鮮からみた古代日本(全浩天著、未来社刊、本体2800円) |