メディア批評C―長沼石根

`いいものは何度見てもいい´

興趣欠くNHKの洪昌守映像


 連休のさなか、偽名で入国しようとして失敗し、4日後、国外退去になった人たちがいた。

 一方で、ボクシングの世界スーパーフライ級チャンピオン洪昌守(通名・徳山)は、名乗りたい本名をカッコでくくられはしたが、胸を張って敵地に乗り込み、元王者の゙仁柱をKOで下して(5月20日)凱旋帰国した。

 テレビ放映を見逃したのでNHKの夜7時のニュース、続いて同夜のサンデースポーツにチャンネルを合わせたが、期待は見事に裏切られた。トランクスの「one korea」にも「統一旗」にもふれず、もちろん「我らの願いは統一」の歌声も流さず。ただ、リングの上のたたかいを追っただけだった。

 対照的に翌日の新聞各紙はスポーツ面だけでなく、社会面でも大きく取り上げていた。

 洪昌守のパフォーマンスは勝負と関係ないかも知れない。統一旗も統一の歌も、昨年8月の世界初挑戦、続く12月の初防衛戦をビデオテープで見ているごとし、ではあった。が、いいものは何度見てもいい。新たな感動もある。第一、洪昌守の願いは何一つ実現されていない。まして舞台は、洪にとって因縁深い韓国である。ボクシング嫌いの友人も「問答無用に泣けた」と語っていた。

 その分、NHKの感情をおし殺したような映像は興趣を著しく欠いた。後にもふれるが、どうも型にこだわりすぎているようだ。

 新聞報道で気になったのは、5月21日付朝日新聞の二様の扱い。社会面で「いま 王者洪昌守」「『いつか本名で』が実現」と見出しでうたいあげたが、スポーツ面の見出しは 「5回KO 徳山防衛」。本記も通名で通していた。ボクシング界の慣行や新聞社内の事情には疎いが、二様の紙面の間にある大きな溝を埋めてくれればさらに読者の心を打った。

2日間で見えたもの

 スウェーデンのペーション首相率いるEUの南北朝鮮訪問団が5月2日、平壌を訪問して金正日総書記と会談した。

 総勢百人のうち報道陣が75人。日本の報道機関では朝日、毎日、読売、日本経済の各紙と共同、時事の各通信社、NHKの計7社が同行した。

 「(北が)ミサイル実験、2003年まで凍結」などと報じられた会談の成果については、すでに多く論じられているのでここではふれない。

 私がひそかに期待したのは、大勢の記者団が「北」のどんな表情を伝えてくれるかだった。結論から先に言えば、びっくりするような情報はほとんどなかった。

 知人の社会部記者によれば、「同行したのはブリュッセル駐在の記者たち。役割が違う」のだとか。

 さはさりながら記者は記者である。好奇心の固まりであれば、ひょっとしてと期待したくなるではないか。多少の悔恨を覚えながら、各紙を丹念にめくってみた。

 会見もの以外では4日の読売新聞が比較的大きな紙面を割いていた。「高層アパートのベランダのあちこちから、卵の自給のために住民が飼育しているニワトリの鳴き声も聞こえる」「あぜ道には女学生に駄菓子を売る屋台があった」―こんな記事はもっと読みたい。

 朝日の記者は「初めて訪れた平壌」を、「たまにすれ違うのはバスとトラックだけだ」「無言で歩いている人が多い。老若男女、みな大きな金日成バッジをつけている。旗や横断幕は多いが、広告がない単色の街だ」(8日付)など、これまでも報じられたことばかり。

 「経済危機、クッキリ」と見出しをつけた4日付の毎日は、どこがどうクッキリか分からない本記で軽く流した感じ。

 わずか2日間の滞在である。スケジュールも詰まっている。取材規制も厳しい。多くを望む方がむりかも知れないが、前出の読売によれば、「今回は、記者がホテル周辺を独り歩きしたり、ガイド付きながら夜の街を見られたりした」というから、案外記者たちは取材メモを封印したのかも知れない。

味も素っ気もない

 私自身も同様の体験をしたが、「オリの中の自由」でも見えるものは見える。先に「多少の悔恨」と書いたのは、要するに書かなかったことがいっぱいあったこと。私と同じ悔いを残さないためにも、取材メモ 
の出し惜しみはしない方がいい。

 もう一点。前回のこの欄で書いた「深刻な干ばつ」(22日付読売)などによる食糧危機についてどこもふれていないのはどうしたことだろう。これも「役割の違い」か?

 注目のNHKは、夜の街頭に立った記者が「街は暗い」「車も人も少ない」と語るにとどまった。まるで、「ホワイトハウス前でした」というのとソックリ。

 どんなしばりがあるのか知らないが、これでは味も素っ気もない。もっと自由にやらせればいいのに。(ジャーナリスト)

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