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「全国」大会で一勝を

広島朝高サッカー部・高隆志監督


 優勝を告げるホイッスルが競技場に鳴り響いた瞬間、指揮官はコーチらと共に抱き合い喜びを分かち合った。紅潮した表情、涙がほおをぬらした。

 広島朝高サッカー部を率いて12年。同校サッカー部高隆志監督(34)は見事インターハイ(高校総体)初出場への切符を手につかんだ。

 大阪生まれ。サッカー一筋の人生を送ってきた。朝鮮大学校までの学生時代、MF、FWとして活躍した。

 サッカーをしながら自身も苦い経験を持つ。初級部5年生の時、全日本少年サッカー選手権大阪府予選で優勝したが「全国」大会には出場できなかった。

 「当時は当たり前のこと」と振り返るが、こだわりはあった。だからこそ94年、ウリハッキョに「全国大会」出場への「道」が開かれて以来、いち早く「全国」に向け標準をあわせてきた。近年ベスト4、ベスト8までチームを導きながら「夢」までにはあと一歩及ばなかった。幾度も強豪校の厚い壁の前に涙をのんだ。

 今年度インターハイ県大会決勝までのみちのりは決して平坦ではなかった。2回戦から決勝まで4試合連続延長戦を制した。

 「延長戦になれば、ウチが勝つ」という確信をもって挑んだ決勝戦、高監督は勝因について「選手らの勝ちたいという執念と団結力、精神力が勝利をもたらした」と胸を張る。

 高監督への選手らの信頼は厚い。決勝戦の試合前。「俺たちはホン・チャンスだ」と言う指揮官の気概に「監督を男にしたい」と選手らは一丸になって見事こたえた。

 晴れの「全国」大会初出場。高監督は「まず一勝を挙げたい」と目標を力強く語ってくれた。

子供たちにありがとうを

黄鐘植さん

 東京朝鮮第4初中級学校の黄鐘植先生(27)が、初級部教員としては初めて日本バスケットボール協会公認審判員の資格を取得した(朝鮮学校教員では2人目)。

 現在、東京初級学校バスケットボール委員会審判部長も務めるが、実は部の顧問を受け持つまでバスケの経験はゼロだった。

 初級部の担任を受け持ちながら、資格を取るまで並々ならぬ努力をした。「夏休みも日曜日もありませんでした。ルールも知らず、バカにされたりもしました」。

 そんな先生の熱意が子供たちにも伝わり、1月に行われた第4回在日本朝鮮人初級学校関東地方選手権大会では東京第4初中級が女子、男子ともに優勝した。

 「生徒たちが『ソンセンニム、ありがとう』と声を揃えて言ってくれた。本当に嬉しかった。むしろ自分が生徒たちにありがとうと言いたかった」と顔をほころばせる。

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