「学校」守り抜いた歩み
劇団アラン・サムセと朝鮮大学演劇部がジョイント公演/神奈川初中で
迫真の演技が共感を誘った | 後輩らのカーテンコールにこたえる出演者たち |
母国語で、在日同胞の生きざまを描き続ける劇団アラン・サムセと朝鮮大学校演劇部によるジョイント公演―「約束」が、6月23日、神奈川朝鮮初中高級学校で行われ、同校中・高級部の学生、教職員ら300人が観劇した。2003年度から完全実施となる学校週5日制を視野に、土曜日の課外活動の一環として企画された。朝鮮学校の学生を対象にした両者のジョイント公演は今回が2度目。96年には、東京都内の全初中級学校生徒、父母らを対象に公演(「鳳仙花の咲く日に」)を行った。いずれも「学校(=民族教育)」をテーマにした作品を上演し、学生たちの深い共感を得た。(姜和石記者)
「約束」の舞台は、夏休みを目前にした大掃除の日から始まる。主人公のキョンスクは、もうすぐ日本学校へ行こうと思っている。今の日本では、朝高を出ても高校の卒業資格が得られないからだ。友人たちの反対にも、希望の未来を手にするためにはそうするべきだと譲らない。そんな時、資料室を掃除中に、学校創立50周年の記念アルバムを見つけたキョンスクは、そのページを繰りながら50年前にタイムスリップする…。 舞台は一転して1949年へ。「学校閉鎖令」により、朝鮮学校は日本の公立分校へと変ぼうを余儀なくされていた。やむなく学校を去る朝鮮人教師に、日本人教師は「生徒たちを必ず守る」と誓うが、生徒たちは押し寄せる警官隊に立ち向かっていく。その時、1949年のキョンスクが、チョゴリ姿でその先頭に立った。2001年のキョンスクに、50年後に必ず会おうという「約束」を残して。 「チョゴリを着て、胸を張って学校へ行ける。暴力にさらされることもなく、何の偏見もなく、朝鮮人として思い切り夢を花咲かせることができる。そんな時代にまた会いましょう」… ◇ ◇ この作品は、数年前に東京第5初中で学生用に創られた脚本を、アラン・サムセの座付作家である金元培さんが脚色したもの。同劇団では、近年各地の朝鮮学校で劇の演出や脚本の指導、アドバイスなども積極的に行っている。 座長であり朝鮮大学校文学部教員の金正浩さんは「将来、朝鮮学校卒業生の中からウリマルを駆使する俳優や演出家がどんどん輩出されることを期待している。これからもできるだけたくさんの学校で公演していきたい」と意欲的だ。 後輩らを前に公演した朝大演劇部の金奈美さん(文学部1年)は「客席の集中力、緊張感が伝わってきてとてもうれしかった。カーテンコールの時、拍手する学生たちがとてもいい顔をしていたのが忘れられない」と感想を述べた。 この日の公演には、来日中だった「韓国民族芸術人総連合」朴仁培企画部長も観覧に訪れた。朴さんは「日本でこのようなウリマル演劇が見られたことで、私たち民族がいつでもひとつになれるという希望を得た。また、日本の民族学校の存在を知ってはいたが、弾圧された苦難の歴史があったという事実を、この演劇を通して初めて知った」と語った。(公演に関する問い合わせは、金正浩〈朝鮮大学校文学部〉TEL 042・341・1331まで) 学生たちの感想から 涙が止まらなかった/崔未蘭 涙が止まらなかった。ウリハッキョは「1条校」に準ずる学校として認められていないし、日本の大学に進学するには大検を受けなければいけない。私も「なぜ日本学校に行かせてくれなかったのか?」と、正直思ったことがある。でも、もし朝鮮学校がなくなっていたら、朝鮮人としての証を何も持たない人間になっていたとしたら…やっぱりウリハッキョに通えて良かった。心からそう思えた。(高2) 初めて知った事実/文康裕 公演を見て、52年前、朝鮮学校が強制的に日本の学校に変えられた事実があったことを初めて知りました。ウリマルを学びたくても学べなかった人たちがいたこと、たたかって血を流した人がいたということ。とても胸が痛んだ。(中1) 先輩の演技に鳥肌/梁鐘樹 今日の公演をずっと期待しながら待っていた。内容ももちろん良かったが、先輩たちの演技がとても良かった。鳥肌がたつ場面もあった。僕もいずれ朝鮮大学に進学して演劇部に入りたいと思う。(高2) |