侵略の歴史を教えなかった56年−下
メディア・ファシズムの時代
同志社大学教授 浅野健一
草の根の民主主義認めぬ首相
「本当に怖いことは、最初、人気者の顔をしてやってくる」。社民党が参議院選用に製作した政党CMの主張だ。テレビのキー局、準キー局のほとんどがこのCMの放送を拒んでいる。一方、小泉純一郎首相の巨大な写真が自民党本部ビルに掲げられ、党内にも偶像崇拝ではないかという批判の声があるという。 「小泉首相にひげを付けたらヒトラーにそっくりだ。日本は危険な方向に進んでいる」。5月初旬、私の勤務する同志社大学文学部の懇親会である名誉教授がこう語った。私は「チャップリンにも似ている」とも思ったが、名誉教授の指摘は鋭い。 小泉首相は4月27日の就任記者会見で次のように述べた。「自衛隊が軍隊でないという前提では、不自然な問題が多々出てきている。わたしは非武装中立の考えはとらない。憲法違反という議論は自衛隊に失礼。日ごろから敬意を持って接するよう法整備するのが政治の責務だ。9条改正を言えばタカ派だ、右翼だという議論はやめた方がいい。集団的自衛権は、権利はあるが行使できないという解釈だ。日本近海で共同訓練、行動している米軍が攻撃受けた場合、(自衛隊が)何もしないということができるか。今後あらゆる事態について研究していく必要があるのではないか」。 小泉首相は6月下旬の国会審議でも、「アジア諸国が靖国神社公式参拝にいちいち反対するのは理解できない」と述べた。また「自分がつらいときには特攻隊のことを思い出す」とも言っている。父親が元防衛庁長官で、選挙区の横須賀市には防衛大学があり、入学式や卒業式に参列している。「国を守っている自衛隊の人たちが、憲法上の制約から肩身の狭い思いをしているのはしのびない」。 小泉首相は5月下旬に行われた新聞社編集幹部との懇談会で「政治家はポピュリスト(大衆迎合)であるべきだ」と断言した。草の根の民主主義を認めないネオ・ファシストであることを自白した。 同じ自民党の内閣の支持率が、1けたから90%前後にまで跳ね上がる。小泉氏は数々の暴言とスキャンダルにまみれ、経済政策失敗の森前首相を森派代表として仕切っていた人だ。また東京高裁で懲役4年の実刑判決が出た後、上告中に死亡した田中角栄氏の長女真紀子氏が外相に就任した。田中外相は98年10月のテレビ番組で、和歌山毒物カレー事件で、まだ「本件」で逮捕されていない被疑者夫妻を「毒物カレー事件の犯人」と決めつけて中傷発言を繰り返していた。今回の大阪の事件に関連して、「被疑者の顔を隠したり毛布をかぶせたりしている」と述べている。父親が「無実」というのなら、司法は冤罪をつくりあげたことになる。父親には無罪推定を適用し、一市民には捜査段階で犯人視して社会的に抹殺するのではダブルスタンダードだ。 「ソフトな国家主義の危険」 辺見庸氏が4月27日の朝日新聞に「ソフトな国家主義の危険」と題して書いているように、「自民党総裁選をめぐる、まるで同党広報と見まがうほどのマスコミ報道は、異様としかいいようがなかった。この国の将来のすべてが、4人のうちの1人にかかっているかのようなものいい」だった。 小泉首相の人気が高いのは、メディアが彼を持ち上げ、さまざまな改革をすすめてくれるという幻想をふりまいているからだ。 毎日新聞の世論調査では、80%の市民が小泉首相の靖国神社公式参拝に賛成している。靖国神社がどういう宗教法人かも知らないで判断している。まさにメディア・ファシズムの時代である。 小泉首相は日朝関係について「朝鮮民主主義人民共和国による日本人拉致(らち)問題については日本の立場をはっきり主張することが前提だ」と語った。 いわゆる「拉致疑惑」問題では、朝鮮民主主義人民共和国が国家として拉致したと決めつけている。一方で金大中「韓国」大統領が1973年に東京のホテルで白昼、拉致され「韓国」に連行された事件では「韓国」中央情報部(KCIA)の犯行だということが分かっている。この拉致事件に日本の公安当局が関与していないはずはないと私は思うのだが、日本の政府やマスコミが真相究明の努力をした形跡は全くない。日本は日本軍「慰安婦」問題でも、国家としての罪を認めていない。何の証拠も示さずに朝鮮の国家犯罪だと決めつけているのだ。 私はインターネットのサイトで、「北朝鮮のスパイだ」「反日学者」などと非難されている。私がかつて、「ミサイル」問題で、米国も「韓国」も人工衛星打ち上げだと見ているのに、日本だけが不当な非難を繰り返していることを指摘したのが気にくわないのだ。歴史や社会科学をきちんと学ばなかった若者が誤った「愛国心」に振り回されている。 こうした時代背景の中で、日本の侵略戦争を美化する「新しい教科書」が検定を通過して、採択の対象となった。1895年の台湾武力併合に始まった日本のアジア太平洋諸国への侵略について無反省、無答責の日本は、もう半世紀の間、人権と民主主義の「敵国」として保護観察処分の対象となるべきだと思う。 |