ざいにち発コリアン社会

校舎・補修、支部事務所・改築

地元で大工一筋20余年、李範九さん


 (株)山本工務店(東京・江東区)の代表取締役である李範九さん(46)は大工(総聯中央江東支部・塩浜分会分会長)。東京朝鮮中高級学校を卒業後、2年間夜間の専門学校に通いアボジの後を継いだ。それから20余年。一戸建て住宅の建設や家のリフォームなど本業のかたわら、地元の東京朝鮮第2初級学校の補修や施設の提供、総聯支部事務所の改築、祖国へのダンプ寄贈など、自分の仕事を生かして民族教育や総聯事業の発展に力を尽くしてきた。

厳格だったアボジ

 東京第2初級で地域の同胞たちによる夜会(7月29日)が開かれた前日、李さんは同校で舞台を組み立てていた。

 作業服を着てタオルを頭に巻き、支部の活動家や手伝いに来ていた朝高生らに混じり黙々と作業を続ける。カメラのシャッターを押していると、無表情だった李さんがいきなり口を開いた。「写真を撮られるなら化粧でもしてくりゃよかったかな」。

 アボジの代からこの地に住む。初級部から民族教育を受けた。学生時代の夢はコック。そのためにもまず経済を勉強したいと、朝高卒業後は朝鮮大学校経営学部への入学を希望していた。

 だが、叩き上げで大工になった1世のアボジ(父)、故李根夏さんは大変厳格で、有無を言わせず李さんを後継ぎにしてしまった。そして、とことんしごかれたという。「アボジはとにかくおっかなかった」と話す。

祖国にダンプ贈る

 そのアボジは7年前、69歳で亡くなった。56年前の1945年に故郷の黄海北道から渡日し、長崎県の炭坑で強制労働を強いられた際に大工の技術を身につけた。炭坑内の柱などを建てていたという。

 李さんが民族教育と総聯、祖国の発展に寄与しなければと思うのは、アボジの生きざまを目の当たりにしてきたからだ。

 現在、息子(初級部1年)と娘(同5年)を東京第2初級に通わせている。娘の入学と同時に同校教育会の理事に選ばれた。

 この日、皆で組み立てていた15坪の巨大舞台も実は、李さんが15年前に作ったもの。「こんな立派な舞台はほかにない」と評判になり、都内の各朝鮮学校でイベントが催されるたびに貸し出されているという。

 同校の駐車場や車庫、倉庫の建設をはじめ、ブランコやシーソー、教室の柱や雨漏りがひどい教室の補修も行ってきた。鏡が手に入れば早速、トイレに取り付ける。宋賢進校長(37)は「李分会長が学校のためにやってくれたことは数知れない」と語る。

 昨年9月に完工した総聯中央江東支部の改築事業でも、「陣頭指揮」をとったのは李さんだった。同年、支部訪問団の一員として、オモニを連れ11年ぶりに祖国を訪問した際には、ダンプを1台寄贈している。

 「アボジは5〜6台寄贈したから、大したことじゃないよ」と言いながらも、「私の故郷は北。その祖国を支持して奮闘している総聯の活動家たちにはいつも感謝しているし、学校はもちろん、支部や国に自分ができることをするのは人間として当り前のこと」と、前を真っ直ぐに見つめ、優しい目で語った。

できるだけ安値で

 李さんは現在、塩浜にマイホームを建築中だ。3月に着工し今年中には完成する予定だという。3階建てで、2階までが鉄筋、3階だけが木造だ。土台を頑丈にするためだという。

 自分の手でマイホームを建てるのが夢だったわけではなく、「山本工務店はこんな家を建てるんですよ」ということを、自分の家を見て知ってもらいたいというのが狙い。「家を建てるよりリフォームしたほうが安い」と近年、注文の大半はリフォームだからだ。

 今は不況の真っ只中。コスト削減のため電気、水道、ガスなどは各業者に任せるが下請けには一切出さず、土堀りから行う。

 従業員は雇わず、リースで5〜6人確保し、仕事が入ったら助けを求める。この業界には一本気な人が多く、「山本工務店以外の仕事は受けない」という職人がやって来るという。ときにはパチンコ店の内装など、朝高時代の同級生から依頼がくることもある。

 「アボジの頃は、1坪60万円を45万円に値引きしていたから、私もできるだけ安値で提供したい」と語る李さん。現状が厳しくても、民族教育や同胞社会の発展に寄与したいという思いは変わらない。
(李賢順記者)

 株式会社「山本工務店」=東京都江東区塩浜2―14―2、TEL  03・3699・0371

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