李芳世詩集「こどもになったハンメ」を読む

オモニを歌うのは、自分の根っこを問い直すこと


 パッモゴンナ/誰彼となくいう/ハルモニの口癖/学校にも行けず/字も知らず/ただこの一言に愛を込めた/子供の頃/食べるものがなく/お腹を空かせて泣きじゃくった日々が/骨身に染み/辛くて悲しいことは2度と御免だと/会う人会う人に食事を勧める/それが一番の喜びだと/それが一番お腹いっぱいになることだと/パッモゴッナ/貧しくともコビルなと/心のパッ(ごはん)をしっかり食べろと/あなたの声が今日も響く/ぼくの胸を打つ(「パッモゴンナ−ごはん食べたかあ」)

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 「詩は恋人であり、私の人生そのもの」だと語る在日同胞詩人李芳世(リ・パンセ=52)。このほど詩集「こどもになったハンメ」(34編収録)が日本語で出版された。人間に、同胞に、温かいまなざしを注ぎ続けるパンセの世界が描出されている。

 リズミカルで、簡潔。そこに描かれているのは、同胞社会の情緒豊かな泣き笑い、怒り、哀しさ。一言で言うと、「同胞一人一人の生命の輝きと賛歌」ではなかろうか。

 パンセの詩の原風景は、同胞1世のたくましい生き方。彼は次のように説明する。「2世に生まれてほんとうに良かった。在日1世アボジ、オモニの生き様にふれることができたことは、この上もない喜びである。アボジ、オモニを描くことは民族の歴史を直視することであり、魂を受け継ぐことであり、自分の根っこを改めて問い直すことでもある」と。

 生まれ故郷から引きはがされた1世たち。しかし、かれらにはまぶたに浮かぶ懐かしいふるさとがあった。麗しい祖国の山々。川の流れ。そして、共に過ごした竹馬の友。振りかえり、そこに帰りたいと願う場所。

 詩に限らず、小説、音楽、芸術活動には、作家の生がそのまま映しだされる。例えば、20世紀の音楽の巨匠の1人、尹伊桑は自己の音楽的ルーツをこう語った。

 「父はしばしば夜に、私を魚釣りのために海上に連れて行きました。その時、私たちは黙って舟の中に座って、魚の跳ねる音や、ほかの漁夫たちの歌声に耳を傾けました。その歌声は、舟から舟へと歌い継がれていきました。いわゆる『南道唱』と呼ばれる沈鬱(ちんうつ)な歌で、水面がその響きを遠くまで伝えました。海は共鳴板のようで、空は星に満ちていました」。尹伊桑にとって、生まれ故郷の慶尚南道統営(現在は忠武)という漁港の町での原体験こそが、独自の芸術を創造するうえでの原点となったのである。

 しかし、1世のようにふるさとを知らぬパンセの創作のルーツは何か。彼は1949年、神戸に生まれた。彼が生まれた時、すでに5人の姉と兄1人がいた。その頃のことをこう語る。

 「幼かったぼくは、スッカラ(スプーン)、メンテ(すけそうだら)などの言葉を日常当たり前のように使っていた。学校に入って、朝鮮語だったことに驚き感心もした。今にして思えば紛れもないオモニ言葉(母語)であったことがうれしく、その温もりにいつまでも浸っていたいと思う」

 どっぷりと朝鮮語に漬かった16年間の民族学校。その後、教員生活を経て、市井に戻ったパンセは、現在は大阪で暮らし、トラックに乗る。厳しい労働の後に待ち受けているのが、分会の同胞や文芸同の気のおけない仲間たちとの交わりである。冒頭の詩は、そうした暮らしの断面を情感豊かに伝えている。

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 パンセの今回の詩集は日本語によっているが、それは朝鮮の詩である。波乱万丈の人生を歩み、なおかっ達さを失わぬハルモニたちに寄せるてらいのない愛情、傷つく子供とその母を守ろうとする真っすぐな心。水害に苦しむ祖国に食糧を届ける日本の友人たちに感謝する気持ち。それらの気持ちが込められた歌には、祖国を愛し、時代の動きを見つめてきた心象が表現されている。

 歌うことで、様々な人々とのふれあいを築き、その心の中に入っていくしなやかさ――。パンセの真骨頂はここにあると思う。普段の暮らしを楽しみ、額に汗して働き、そして、一杯飲んで。そこから生まれる詩には、どこかユーモアとペーソスが漂う。(朴日粉記者)

 李芳世氏は、1949年、神戸市生まれ。72年朝鮮大学校文学部卒。現在は文芸同大阪支部副委員長。林秀卿統一文学賞受賞。92年、朝鮮語童詩集「白いチョゴリ」刊行。詩作にめざめたのは、神戸朝高時代。フリーになった25年前から本格的に詩に取り組み、朝鮮新報などに発表する。また、月刊グラビア情報雑誌「イオ」では巻頭詩を受け持ち、読者の好評を博している。詩集の問い合わせは遊タイム出版(TEL  06・6872・7700)。

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