こども昔話

のっぽば

李慶子


 静かな島の村におそろしく背の高いおばばがやってきたのは、まだ春の浅い日のことだ。

 その背の高さといったら、天をつきやぶるばかりだ。見上げるだけで首ねっこがいたくなる。

 背だけじゃないぞ。

 手も足も、とてつもなくおっきい。だから、だれもおばばがどんな顔をしてるか知らない。

 チマを風にふくらませズンタ、ズンタと歩くさまは、それはもう、おそろしげだった。

「ばけものだぁ」

「踏みつぶされるぞ」

 おとなも子どももみなこわがって近寄らない。

 ろくろく魚もとれない貧しい島だ。漁師たちはこれさいわいとばかり、島をすててでていった。

 残されたのはようやく八つになったばかりのヨニとじっちゃんの二人きりだ。

「おっかねえけど、しかたあるめぇ」

 じっちゃんはこういうと、いつものように漁にでかけた。そのあいだ、ヨニは山に入ってうどやわらびやよもぎをさがす。それが仕事だ。

 けど、一日山をかけずりまわっても、ちっこいかごいっぱいにもならない。

 ヨニが山からもどってくると、おばばは島にでんとそびえる漢拏山に腰かけ、片っぽうの足は東に浮かぶ牛島になげだし、もう片っぽうは西帰浦になげだして、岩をじゃぶじゃぶせんたくしていた。

 それを見ていたら、おっかなくもなんともなくなった。

「のっぽばぁ、海の水はひゃっこくないか」

「のっぽばぁ、腹はへってないか」

 のっぽばぁと呼ばれたおばばは「ふあい」とこたえて、ふっふっと笑う。

 笑うと雲がちぎれた。

 ちぎれた雲にのってどこまでもいくと、のっぽばぁのつるんとしたやさしい顔があった。

 のっぽばぁは、ときどき浅瀬を散歩することもあったが、たいていは漢拏山にすわって、岩を洗っていた。

 ふしぎなこともあるもんだ。

 おばばが洗う岩にのりがぎっしりついて、それを食べに魚があつまった。

 のっぽばぁがウックンウックンにおいをかいで教えてくれるから、山菜だっておもしろいほどたくさんとれた。

 ところがこれを聞きつけて、にげた漁師がもどってきた。

 漁師たちは朝も夜ものっぽばぁに岩を洗わせた。

 防波堤のように島を囲んでいた岩はすっかり小さくなった。

 ある日のこと、晴れた空にとつぜん黒い雲がわいてどどん、どどんと海なりがした。

 のっぽばぁは漢拏山の頂きにヨニとじっちゃんをおくと海に入っていった。

 両足をふんばって両手で波を押し返す。

 ざざい、ざざい。

 ざざい、ざざい。

 おしては返すが、とうとう波は漢拏山だけを残して、なにもかも飲み込んでいった。

 それから何年もたったけれど、ヨニが山菜を摘んでいると、ちぎれた雲のすきまからのっぽばぁの笑い声を聞くことがあった。

◇                                             ◇

 昔話に登場する巨人は、儒教の影響を色濃く受けていることもあって、おしなべて男性だった。女性の巨人話は済州島独特のもので、世界的にも希有だ。

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