それぞれの四季

よもぎ汁の味わい

姜龍玉


 数年前、私は1度だけ尾道を訪れたことがある。電車の四角い窓の外は、どこまでもまぶしい新緑に彩られた山々が続き、誇らしげに咲いた薄紅のつつじの群落が線路に沿って点在し、揺れていた。尾道駅を降りると海の方からきた潮の匂いが鼻先を撫でたことを覚えている。

 「おいしいものを食べにいきましょう」という当時の女性同盟本部委員長の言葉につい誘われ、私が赴いた場所は、心なしか足元の床が軋む古い家屋の尾道支部で、月に1度その地域に住むハルモニたちが集うたのもしの日だった。

 1人、また1人と集まるハルモニたちはそれぞれ手に持った風呂敷包みを広げ、あっという間にさまざまな朝鮮料理がテーブルに並んだ。畑で摘んだばかりのサンチュ、食欲をそそるヤンニョム、ごま油の匂いが香ばしい料理はどれも美味だったが、その日最も私の舌を感動させたのは、よもぎ汁だった。口の中に広がる苦さと甘さ、それでいてくせのないさっぱりしたスープは私が今まで食べたことのない絶品の味だった。思わず私は「おいしい!」と声に出して感嘆していた。

 その時のうれしそうなハルモニの笑顔がよみがえる。封建思想が根を張った朝鮮の男性社会に虐げられ、亡国の悲しみに耐え、異国で辛酸をなめつくしながら気丈に生きてきた幾多の歳月。それを物語るしわだらけの黒いごつごつしたハルモニの手、深いやさしさが染み込んだ温かいスープは、鼻の奥がつーんとする味でもあった。あの日の尾道は、急ぎ足の時間に流されていく私を時に立ち止まらせ、ふいに居場所を問いかけた。(主婦)

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