私の趣味―釣り

仲間と清川江で鮎釣りを

大阪・守口市 崔政守さん


祖国の自然の素晴らしさ知らせたい

 大阪府守口市に住む崔政守さん(53)は釣り歴30年以上のキャリアを持つ。中でも鮎釣りを含む川釣りが専門で、自営業を営む中、週末はほとんど家を空ける。

 島根県で生まれ育った崔さんは少年の頃、よく釣りに出かけたという。

 「あの頃は趣味でやっていたというより、家が貧しかったので、食べるために魚を釣っていた」と話す。

 多感な少・青年時代を日本学校で送った崔さんは、中学校卒業と同時に現在住む大阪に単身出て来た。当時は、在日朝鮮人の帰国事業が盛んだった頃。朝鮮人べっ視がまん延する社会風潮の中、絶えずいじめにあい、差別から逃げるように大阪へと向かった。朝鮮人である自分を隠し、正体がばれるのを恐れながら暮らした下積み時代。そんな頃、初めて多くの同胞と知り合い、また、自国の歴史や文化にも触れた。

 「アボジ、オモニが歩んできた道がようやくわかった」と話す彼は「もう逃げずにすむ」とその頃の心境を語る。

 懸命に働き、23歳で独立。鉄工所を始めた時期と同じ頃、少年時代によくやった釣りを本格的に再開した。子供の時の喜びを身体が覚えていたのだ。

 「鮎という魚は回遊魚でとくに天然の鮎は秋に下流でふ化して海に下り、春先に川を遡上して、岩ゴケを食べて成長する。また、縄張りをもつ習性の魚なので、おとりあゆを仕掛けにする鮎のとも釣りは釣りファンにはたまらない」と話す。

 天然の鮎を求めて、近畿一円をくまなく回った。だが、近年、ダム建設などの環境破壊と汚染で天然鮎の数は激減していることに憂慮を示す。それでも、天然の鮎釣りをあきらめられなかった。崔さんに思いがけない朗報が舞い込んだ。ウリナラの清川江にたくさんの天然鮎が生息するという知らせだった。早速同僚と一緒にウリナラへと向かった。95年のことだった。

 崔さんらを迎えた清川江は、天然の鮎の宝庫だった。妙香山が近い清川江の清流で竿をたらしてわずか2時間足らずで40匹の天然鮎が釣れたという。

 釣りを通じて朝・日友好の輪を広げたいと常日頃から思っていた崔さんにとって清川江は絶好の舞台となった。だが、その年、ウリナラは数10年来の大災害に見舞われ、崔さんの夢の実現は一時延期を余儀なくされた。でもあきらめてはいない。ウリナラに対する偏見に満ちた報道がなされる中、いつの日かツアーを実現し、多くの日本の人々にウリナラの自然の素晴らしさをわかってもらいたいと話す。

 きっとやってくるだろうその日を頭に描きながら、崔さんはきょうも愛車を転がし、鮎釣りへと出かける。(千貴裕記者)

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