中大阪初級アボジOBソフトボールチーム

試合通じ民族教育アピール

東成区PTA夏期大会  念願の初優勝

創部10年目にして初優勝を飾った中大阪初級アボジOBソフトボールチーム 念願の優勝旗を誇らかに掲げる監督の田光烈さん

 大阪市東成区内のPTAソフトボールチームが参加する「東成球好会」主催の夏季リーグ大会(7月〜9月9日)で、中大阪朝鮮初中級学校・初級部アボジOBソフトボールチーム(以下、アボジOBチーム)が優勝した。1992年の秋季大会から同会に加盟して以来、春・夏・秋の大会に毎回出場してきたが、あと一歩のところで涙をのんできた(準優勝9回)。むろん、優勝は創部10年にして初めてのことだ。チームの要である投手の田光男さんは、「加盟当時はウリハッキョの存在すら知らなかった日本の人もいた。優勝でハッキョの存在をよりいっそうアピールすることができた。ウリハッキョの名前が東成区の歴史に永遠に刻み込まれることが何よりもうれしい」と語る。

  「東成球好会」とは、東成区内の幼稚園、小、中学校に通う生徒、OBの父母たちによるソフトボールリーグで、35年前の結成以来、春・夏・秋に大会を開いてきた。現在、43チーム、727人の選手が登録されている。

 今年の夏季リーグ大会準々決勝でアボジOBチームは本庄中学グリーンチームを4―2で、準決勝で本庄中学ホワイトチームを7―6で下し決勝へ進出。決勝では優勝常連の玉津中学OBチームと対戦。1―0、2―1、3―2と接戦が繰り広げられ、ノーミス、ノーエラーが決めてとなり、6―3で見事優勝を飾った。

 試合終了後、多くの日本の人々から激励の言葉をかけられたという。

 中大阪初中には、初級部卒業生のアボジOBチームのほかに、初級部在校生のアボジ現役チームとオモニたちの女子チームがある。

 結成のきっかけとなったのは、大阪市中学校体育連盟が91年の主催大会に朝鮮学校の参加を認めたことだった。単なる参加だけではなく、正式加盟を実現させるために、「アボジたちも何か出来ることからウリハッキョをアピールしていこう」と結成を思い立った。

 そして結成直後の秋季大会から「東成球好会」に加盟。地域の日本の人々との交流を通じて、ウリハッキョの存在を広く知らせることに努めてきた。

 結成の呼びかけに34歳から43歳までのメンバー15人が集まったものの、経験者は4人だけで、練習には毎回5、6人ほどが集まる程度だった。

 だから当初は、「0―30などで記録的にはコールド負けをする辛い日の連続で、負ける悔しさよりウリハッキョのイメージダウンになるのではないか、と心が痛かった」(田光烈監督)という。

 しかし、「ウリハッキョの看板を背負っているのだから頑張ろう」と呼びかけるうちに練習への参加率も高まり、経験者の丁寧な指導で次第に技量も向上、その努力のかいあってか、いつの間にかセミプロ集団に変身していった。

 そして、アボジOBチームが上位入賞を重ねるにつれ、日本人チームから試合申し込みが増え、その過程を通じて民族教育に対する理解も深まっていった。

 この10年間ほとんど休まず練習と試合に参加してきた高精洙さんは、「ウリハッキョ運動場で日本人チームとの交流試合を催し、試合後は焼肉パーティーも行った。市議会議員が交流会に参加したこともある。こうした過程を通じて、ウリハッキョの名前を地域に広く浸透させることができた。この10年間に日本の人々との間に築き上げた信頼関係はそう簡単には崩れない」と満足気だ。兄の高精植さんは「メンバーの大多数が総聯東成支部の分会長、副分会長。スポーツとともに総聯活動でも汗を流せるようになったことが一番の喜びです」と語る。

 ソフトボールを通じて、アボジたちの学校を愛する意識も高まった。アボジ会による幼稚班のプール掃除や遊具の修理、運動場の整備は、アボジチームの提案によるもの。防壁ブロックとネットの建設問題が持ち上がった時は、「少しでも工事費をおさえよう」と、バットの代わりにツルハシを手に解体作業を夜遅くまで続けた。

 田光烈監督は、「アボジOBチームは世代交代を念頭に置きながら、引き続きソフトボールを通じて学父母らの親ぼくを深めるとともに、近隣の日本市民との連帯を深め、ウリハッキョの発展のために尽くしていきたい」と語っていた。

日本語版TOPページ

 

会談の関連記事