「セーヌは左右を分かち、漢江は南北を隔てる」
美しく強靭な精神で社会主義を信じて
洪世和氏の新著を読む
「私は走った。タクシーが向かうままに走った。私はずっと涙を流し続けた。流れる涙は、止まらなかった。それほど美しかったのだ、パリは。私がその朝走ったパリはそれほどに美しかったのだ」
著者、洪世和さんの前書「コレアン・ドライバーはパリで眠らない」の一節である。70年末、朴正熙大統領暗殺前夜の「韓国」で摘発された「南民戦」事件の関係者の一員として、パリでの亡命を余儀なくされた。そんな彼が生きる糧を得るために選んだのがパリでただ一人の「コレアン・ドライバー」だった。 あれから5年、待望の続編の登場である。タクシーの運転席を降りた著者が見つめる「韓国」とフランスの風景と歴史が本書のタイトルに込められた。たくまざるユーモアと批評精神はますます磨きがかかり、2つの文化の狭間から温かく、時には鋭く教育・政治・言論・社会などあらゆる問題を縦横に論じている。 前書と本書を通じて著者が最も訴えたかったのは「フランス社会を通底するトレランス(寛容)の精神であり、そのフィルターを通してこそ実現可能な統一した朝鮮」の姿ではないだろうか。 m m 本書の冒頭、洪さん夫妻が97年秋、前書の日本語訳出版のため、パリから東京に来た時のエピソードがつづられている。洪さんは漢字の看板や街の風景を見て、故郷の風景にあまりにも似ていることや靴を脱いで料理屋に上がった時に「涙が出そうになった」と書く。軍事独裁政権に抵抗したがために20年以上も故郷から引き離されていた人の心情がその一言に痛切に凝縮されているのだ。 記者は前に同じような話をやはりパリに亡命中だった画家の李應魯、朴仁景夫妻からうかがったことがあった。東ベルリン事件で朴政権によって拉致され2年間の獄中生活を強いられ、後にパリで客死した同氏が85年に来日した時、夫妻は東京の街なみがソウルと似ていることに気づき、涙したのだった。愛する故郷から遠ざけられ、その故郷のすぐ側にまで来ているのに、玄界灘を渡れぬその痛み、苦悩はいかばかりだったかと思う。朝鮮民族の背負う「離散の世紀」「分断の世紀」の重さがぐっと迫ってくる。 m m 著者が「韓国」社会に向けるまなざしは厳しい。森に例えてこう記す。「その森は一面の濁流に覆われている。巨大な濁流は、三つの臭気を放っている。一つめは攻撃性を帯びた厚かましさ。…二つ目は、小賢しい冷笑の蔓延だ。…最後の三つ目は、絶望と諦念のうめき声だ。正直で清廉に生きる者は無視・淘汰され、日和見主義的な人間が厚遇される社会になってしまったのではないか」。「韓国」社会という病んだ病巣…。極端な学歴社会、権威主義、拝金主義、物質万能主義の蔓延、個性の抑圧、極右反共主義、地域主義のばっこ。人生観、民族観、国家観、政治哲学を検証されることなく、「極右反共主義に反対しないことさえ検証されればよかった」政治家たち。著者は朝鮮日報に代表される南の極右言論に対して、理性の声を武器に真正面から「断固反対」を唱えてやまない。 軍事政権がかつてでっち上げた金剛山ダム事件や漢江の水を汚した事件についても、著者は書く。「『チャルサンダ』という言葉は『正しく生きる』ことではなく、『手段・方法を選ばずに楽に暮らす』という意味になった。権力欲はいつの時代にもあったが、昔は金剛山を冒涜したり漢江の水を汚すのを躊躇わぬ者はいなかった。人は恥も知らぬほど醜くなった」と。 著者の痛烈な批判の刃は朝鮮の隣国、日本にも容赦がない。「『痛切の念』だの何だのと言って『謝罪』という言葉すら出し惜しむ日本…。従軍慰安婦、七三一部隊(石井部隊)による生体実験、関東大震災時の朝鮮人虐殺、三・一独立運動での堤岩里虐殺、徴兵、徴用、36年間の虐待、搾取……。しかし、彼らは人道に対する罪で起訴されるどころか、謝罪という言葉すら口にしようとしない。朝鮮人は白人でないから」。 このような結論はフランス社会が根深く内包する人種差別問題と軌を一にするものだと著者は指弾する。61年当時、アルジェリア人を大量虐殺したパリ警視総監パポンには「人道に対する罪」が適用されなかったのだ。この「人道に対する罪」こそは実は大国の偽善に基づくものであり、ここでいう「人」に、アルジェリア人は含まれていないことを読者は痛烈に知らされることになる。 著者は今年1月、パリでの23年間の亡命生活を終え、永住帰国した。80年代、90年代の激動の時代を異国から眺め、今もなお、国家保安法下にある「韓国」で、洪さんは自身を社会主義者と公言してはばからない。そして、そんな自分を「馬鹿」だと言う。それは氏の人生に大きな影響を与えた全泰壹烈士の生き方に重なる。軍事独裁の時代、劣悪な労働条件の改善を世に訴え、焼身自殺した全泰壹烈士もまた、職場の仲間たちと「馬鹿会」を結成し、歴史の歯車を前進させた闘士だった。 なぜ、愚直なまでに社会主義を信じるのか。著者はフランスで広く尊敬を集めているレオン・ブルマの言葉を借りて、代弁している。「社会主義は、人間の魂の中で最も気高い感情である抵抗の精神から生まれたものだ。…社会主義は、人が悲惨、失業、寒さ、空腹といった見るに耐えない光景を目のあたりにしたとき、その誠実な心に燃え上がった憐憫と怒りから生まれたものだ」。実に美しい言葉である。この美しく強靭な精神に支えられて、著者の心は北の同胞や子供たちへ寄り添い、さらに祖国の統一へ、東アジアの和解と友情へと向かっていくのだ。厳しい情勢の折、在日同胞に生きる道しるべを与えてくれる一冊。(朴日粉記者) |