ぼくたちは親善大使

−チョウセントラ−

あまえん坊のリョンソン(オス)

クールなポンファ(メス)


京都市動物園

 飼育員、秋久成人さんの顔を見るなり、龍成(リョンソン)は「ネコ」になった。トラはみなウォーと吠えるものだと思い込んでいたぼくの目の前で、しきりに金網に首をこすりつけて、フルルフルルと鼻を鳴らしている。秋久さんによると、ネコ科の生きものは仲間と遊びたいときにこのような行動をとるという。ところが龍成の「奥さん」である鳳火(ポンファ)は、じっとにらみつけるようにぼくを観察している。彼女のほうがよっぽどトラらしい。「人間もトラも、男は子どもですね」とぼくがいうと、秋久さんも同感だとばかりに苦笑した。

 20世紀のはじめ10万頭いたトラは、この100年の間に3亜種が絶滅し、現在は5亜種を合わせても5000頭しかいない。チョウセントラはアムールトラの地域名で、ロシアではシベリアトラ、中国北東部では東北トラと呼ばれている。IUCN(世界自然保護連合)キャットスペシャリストグループの調査(1977年)では、アムールトラ全てを合わせても437頭ほどで、チョウセントラに至っては10頭以下という報告をしている。そんな貴重なチョウセントラが、朝・日友好のシンボルとして平壌中央動物園から贈られて来たのは、京都市動物園の開園90周年(1993年)を祝ってのことだった。

 「ところで秋久さんは、龍成と鳳火を、どうやって見分けているのですか?」

 「ぼくはすぐに区別がつきますが、一般的には額のシマ模様で見分けているんですよ」

 確かに二頭のシマ模様は違った。「平安(ヘイアン)はどうでした」とたずねると、「平安のシマ模様は、どちらかというと鳳火に似ていましたね」と、秋久さんは懐かしそうに話した。平安は二頭の間にできた息子。繁殖のために2000年3月に神戸市の王子動物園に貸し出されたのだ。

書き直された表示板

 昨年6月、「チョウセントラの子はアムールトラ?」という見出しが京都と神戸の地方紙に載った。京都市動物園から貸し出された平安が、神戸市立王子動物園ではアムールトラと表記されたからだ。京都は、「友好親善に配慮してチョウセントラと表記した」といい、神戸は、「アムールトラと学術的に記すのが一般的」と説明した。動物園の表記姿勢をめぐり、ちょっとした論争が巻き起こったのだ。その後、表示板はどうなったのか? ぼくは王子動物園の飼育係長、安田伸二さんを訪ねてみた。

 「新聞で取り上げられた後、さまざまな議論を尽くしました。近くて遠い国というか、私たちは朝鮮の人たちのトラに対する熱い思いを知らなかったのです。出来うる範囲内ですが、去年の夏からアムールトラの表記の下にチョウセントラも併記させていただきました。それよりも金さん、日本人と朝鮮人が力を合わしてチョウセントラを守ることが大事です。こんな貴重なトラを絶滅させてはいけません!」

 さすがにトラを守る国際機関の日本側責任者。トラ、顔負けのド迫力だった。

 「朝鮮の子」平安は、親の志を受け継ぎ、「親善大使」の役割を立派に果たしている。今度は朝・日の「人間」が力を合わせ、彼らのなかまたちを守ってやる番だ。(金晃・動物児童文学作家=写真は筆者提供)

 【取材協力】京都市動物園、神戸市立王子動物園、トラ保護ネットワーク、WWFジャパン(世界自然保護基金日本委員会)【参考資料】Tigers  in  the  Wild(1996年WWF野生生物種現状報告)

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