メディア批評(12)―長沼石根

ブッシュ戦略に乗っかる「無抵抗勢力」

「悪の枢軸」、「ならず者国家」無批判に受け入れる体質


 「悪」をまとった嫌な言葉が飛び交っている。1月末の一般教書演説でブッシュ米大統領が使った「axis of evil」が発信源である。

 誰の訳語か知らないが、日本のメディアは「悪の枢軸」と表記している。悪口は悪口を呼んで悪の化身、悪の頭目、悪の帝国…。

 枢軸とは、第2次大戦下の日独伊3国同盟の如く、敵対する相手の「友好・協同」関係を指している。ブッシュの言う北朝鮮、イラク、イランは、そういう関係にはない。にもかかわらず、メディアは無批判に受け入れた。

 「ウソも100回くり返すと真実になる」とは、ナチス政権下で啓蒙宣伝相を務めたゲッベルスの有名な言葉だが、「悪の枢軸」も1人歩きを許しておくと「真実」になりかねない。

 ブッシュはまた、前任のクリントン政権が「問題国家」と言い換えた「ならず者国家(rogue state)」という表現も復活させた。

 メディアは用語の使用に慎重でなければならない。せめて、初出時には、読者・視聴者に原語を示してほしい。

 日本の言論機関が何を主張しても、国際的影響力はないかもしれない。それでも、非は非としてキチンと言うべきではないか。まさか欧州で批判が出ていることを報ずるだけで事たれりと思っているのではあるまい。

 ふと思う。核を持ち、大量破壊兵器を輸出し、イスラエルのテロを容認。「ならずもの国家」とは米国ではないかと。

 ブッシュは先の一般教書演説の中で、米国の目標として@対テロ戦の勝利A本土防衛の強化B景気の回復、の3点を挙げた。「悪の枢軸」は@との関連で「北朝鮮は国民が飢えているのに、ミサイルと大量破壊兵器を持つ政権」と断じ、イラン、イラクと共に世界平和を脅かし、テロリストに武器を与えている国、という形で使っている。

 新聞各紙は「一般教書」をそろって社説で取り上げた。この連載の6回目では、各紙の主張の違いを知ってもらうため、主要紙の社説の一部を列記した。今回の社説を読んでも基本的スタンスは変わっていない。今回は、主張の差が顕著な2紙の紹介にとどめる。

 「日本に配慮した対北認識」とする産経(1月31日)は、「至近の隣国のテロがらみの軍事脅威を減らすためには、同盟国である米国と歩調を合わせ日本なりの断固たる態度を取る準備も欠かせまい」と持論を展開する。

 対照的に朝日は2月1日付で、「武力信奉を危ぐする」として、「大量破壊兵器の査察を拒否し続けるイラクを非難するのは分かるが、威嚇するだけでは、事態打開の糸口がつかめるわけがない」と、北への配慮を見せる。

 とはいえ、朝日の論調で気になる点がある。同紙は米軍のアフガン空爆に際し、「限定ならやむを得ない」(10月9日)とする立場を打ち出した。前出の社説にも、「対テロ戦争は、確かにまだやめることができない。世界各地に広がるアルカイダの組織は根絶やしにする必要がある」と、報復戦争に一定の理解を示している。気になるのは、朝日が遠くない時期に、ギアを改憲路線に切り換えるのではないか、ということ。私の杞憂なら結構だが、少なくともこの数カ月の紙面から護憲の熱気は感じられない。

 新聞は総じて右よりにシフトを変え始めているようだ。

 2月下旬、ブッシュは日本、韓国、中国を訪問した。日本滞在は2泊3日。目的は、「経済改革ももちろんだが、やはり北朝鮮政策が大きなテーマ」と、同14日付の東京は、マイケル・メイザー米ジョージタウン大教授の発言を紹介していた。その通りだったのだろうが、国会演説や小泉首相との会談にふれた一連の報道からは、どんなやりとりがあったのか読み取れない。政府の情報管理が徹底していたのか、大した議論がなかったのか。私は前者だと思うが、残念ながらそこに狙いを絞った報道はほとんど見られなかった。もっと言ってしまえば、テレビも新聞もブッシュの「東京の休日」を追う方に熱心だったのではないか。

 そんな中、24日のTBS「サンデーモーニング」が面白い映像を見せてくれた。小泉、ブッシュの入った「居酒屋」は貸し切り扱いで、一般客は締め出されていたというのである。画面をよく見ると、女性客はみんなドレスアップしていた。映像、恐るべしである。

 ブッシュは続いて訪問した韓国で激しい抗議行動に遭うことになるが、東京で目立ったのは「ブッシュは広島、長崎へ行って謝罪せよ」と大音量で流す右翼の街宣車と全国から動員された警備陣くらい。

 実はどこも報じなかったが、デモを計画した某団体は、警視庁からデモコースの許可が下りなかった、といってデモそのものを取り止めてしまった。

 何もデモが大事とは言わないが、今の状況で大した抗議行動がないのは異状である。その事に触れるメディアがなかったのは寂しい。

 そんな思いもあったせいか、韓国でのブッシュの表情は、日本にいる時より険しかった。

 北に対する認識が180度違うハトとタカは何を話し合ったのだろうか。

 ブッシュは38度線に足を運び、在韓米軍を激励し、行く先々で北朝鮮批判を展開した。

 会談後の共同記者会見で、金大中大統領は「韓米は対北朝鮮政策を一致した目標と戦略をもとに緊密な協調を通じて推進することにした」と言い、ブッシュは「太陽政策を積極支持すると金大統領に話した」(2月21日付・読売)と語っている。

 金大中は「韓米間に大きな見解の違いはない」とも語っているが、彼の厳しい表情、口調からは別のメッセージが伝わってくる。「対北朝鮮 ズレ埋まらず」(朝日)が本当だろう。

 読売が「体制変革」というキーワードを多用し、米国の対北朝鮮政策が変化したととらえている(21日付)のを記憶しておきたい。

 2月16日、金正日総書記が還暦を迎えた。テレビも新聞も、平壌で行われた祝賀会の模様を伝えたが、肝心の本人は出席しなかった。

 60歳の節目の年とあって「還暦の総書記」に焦点を当てた報道もあったが、いずれも判で押したように厳しい見方をしていた。

 「六十にして惑う」とした16日付朝日も、内部の体制は依然強固、としつつ、「深刻な食糧、エネルギー不足は解消されず、…八方ふさがりの状況」と見ている。日本のメディアの平均的見方だろうが、格別目新しさはない。

 冬の間、米朝間では激しい言葉の投げ合いが続いたが、そんな時ほど、水面下の交渉が進んでいたりする。折しも春。急転直下、…なんていかないか。(ジャーナリスト)

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