春・夏・秋・冬

 「電撃」「突然」という2文字が新聞の見出しに踊った、21日の小泉首相の「靖国神社」参拝。そして、聞き飽きた「平和を守り、2度と悲惨な戦争を起こさないとの非戦の誓いをした」という口上。歌舞伎役者でもあるまいに、と思う。よく政治評論家などが指摘する「パフォーマンス政治」も限界に近づいているのだろうか

▼3月にソウルを訪問した小泉首相から、「誰でも負担感なく参拝できる施設を検討する」と、「靖国神社」参拝凍結とも取れる返答を受け取っていた南朝鮮当局は、すぐさま「深い遺憾の意」を表明したが、内心、「だまされた」という気持ちで一杯だろう。これではまったくのピエロである

▼ましてや、共催するサッカー・ワールドカップ開幕が迫ったこの時期。南朝鮮当局者にしてみれば、「朝鮮人は煮てくっても焼いてくっても構わない」という、不法な植民地支配時代の人間業とは思えない過酷な統治スタイルと、小泉首相の今回の行動は重なって見えているのではないか

▼「平和」「非戦」をいうなら、日本政府にはその前に果たすべき義務がある。いうまでもなく、植民地支配の謝罪と補償である。過去の清算なき、いかなる美辞麗句も空虚であるばかりか、被害者側の怒りを増幅させるだけだ

▼そして、戦争を意味する有事体制の法案化に着手しながらのこの発言。国家、社会を戦争に向けて整備・統制することを宣言しながら「平和」「非戦」とは、自己矛盾もはなはだしい。本音は何なのか、われわれの生活を左右する問題だけに注視していく必要がある。(彦)

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