朝鮮の食を科学する(5)
「檀君神話」にもニンニク
疲労回復、かぜに効果、血液もさらさらに
朝鮮を代表する食品材料からニンニクをはずすことはできない。それほど民族の食生活にニンニクは深くかかわっており、それが健康生活につながっていることは、多くの人の知るところである。
古代エジプトの巨大な建造物ピラミッドをつくる労働者たちが、ニンニクやタマネギを食べて体力をつけ、あの壮大なピラミッドを建てたことはよく知られている。6000年前のことである。 仏教徒が戒律に背いて利用 朝鮮の建国にまつわる「檀君神話」にニンニクの話がでてくる。 熊と虎が1つの洞窟で生活しながら天帝の子、桓雄に「どうか人間にして下さい」と願い出たのでヨモギ1束とニンニク20個を与え、「これを食べて100日間太陽に当たらなければ人間になれる」と言い渡す。熊は言われた通りにしたので21日目に女性(熊女)になる。虎はそれを守らなかったので人になれなかった。この熊女と桓雄の間に檀君が生まれる。ニンニクが登場する最初の話である。神話は4000数百年前とされるが、この真偽は別としてかなり古くから生活にかかわっていた食べ物とみてよいだろう。また、12世紀初めの「三国史記」には「立秋後の亥の日に蒜園で農祭を行う」とある。「蒜」とはニンニクのことである。農作物の中でもニンニクの存在が大きかったことが分かる。 しかし、それ以前の仏教文化の隆盛をみせた10世紀ごろの高麗時代の記録には、修行中の僧侶たちが村落をまわりながらニンニクをかじり、酒の匂いをさせていると非難した報告が寺院にされている。仏教の禅宗では「不許葷酒入山門」の考え方で、葷酒(へんしゅ)つまり匂いの強いニンニク、ネギ類と酒を山門(寺)に持ち込むことを禁じたのである。 仏教が禁じなければならなかったほどの効能、つまり仏教徒が戒律に背いてまで利用したニンニクの価値とはどんなものであるのか、これを知ることが朝鮮の人びとの生活と健康を知る手がかりになる。 「世界最強の食べる薬」 科学の進歩により疲労回復はもちろん糖尿病、かぜや肩こり、冷え性、水虫などの皮膚病や生活習慣病、また最近ではガンに効果があることがわかって来ている。生ニンニクにはアリインという成分があるが、これがすりつぶされたりするとアリイナーゼという酵素作用でアリシンとなり、ニンニクの匂いが発生する。 アリシンにはまず強力な殺菌作用がある。1930年にドイツで確認されたのが始まりで、各種の伝染病菌に強い殺菌力を発揮する。戦中戦後日本で流行した結核も、当時は効果的な抗生物質などの薬がなく、結核に有効な薬としてニンニクが食べられたことはよく知られている。 また、アリシンはビタミンB1(チアミン)と結合するとニンニク型ビタミンB1とも言うべき物質をつくる。アリチアミンと呼ばれる。商品名で「アリナミン」と呼ばれるのがそれである。ニンニク型ビタミンB1は体内への吸収率が高く、筋肉中に蓄積される時間が長いので、筋肉を使う運動や労作業にきわめて効果的に作用する。 ビタミンEに類似した抗酸化作用を持っている。血液の粘度を低下させ、血液をさらさらにしてくれる。血液が中性脂肪や悪玉コレステロールで濁ったり、粘度が高くなると血流が悪くなる。動脈硬化、心筋梗塞、脳血栓が心配されるが、生のニンニクを食べることは、抗酸化作用という点で、ビタミンEを摂取したのと類似の効果で、それを防いでくれる。 さらにアリシンには唾液、胃液の分泌を増進させる効果があり、適量は整腸作用もある。下痢にも便秘にも効果は確認されている。 殺虫作用も古くから知られており、寄生虫を体内から追い出す効果で、生魚の刺身料理などにすりニンニクが使われていることは科学的である。 いま日本でニンニクの消費量は急速にのびている。ニンニクの健康価値の認識が高まったからにほかならない。(滋賀県立大学教授) |