「有事」の狙い―識者と考える (3)
国民はもっと抗議の声を
クリッシャーさんと人道支援
6歳のとき、両親とともにナチ下のドイツから決死の脱出、からくもホロコーストを生き延びて米国へ移住した経験を持つ元「ニューズ・ウィーク」東京支局長のバーナード・クリッシャーさん。退職する10数年前頃には、実に幸運に恵まれた人生だったと思うようになり、余生をその恩返しのために捧げることを決心した。選んだ国は、カンボジアだった。
なぜ、カンボジアなのか。「200万人もの人が殺され、戦争で荒廃したこの国の悲劇とナチ・ドイツでの経験が私の中で自然に重なり合ったのです」。 最初は生活必需品などを集めて送ったが、この国に最も必要なことは未来を担う貧しい子どもに希望と生き抜く力を与えることであり、それは教育だと気づいたという。まず、山間僻地に学校を建てて戦争孤児を集め、英語とコンピューター教育を始めた。教えた子どもが他の子どもを教えるサイクルを作った。簡易診療所を設け看護士を派遣して患者のカルテをインターネットで首都とアメリカの病院に送り、専門医の診断と対処法を直ちに送り返す通信遠隔医療(Telemedicine)システムや、急患を地方の州立病院へ無料で入院させるシステムを確立した。これらに関わる人材、施設、資金確保のネットワーク構築をゼロから1人でやってのけた。「決して諦めない人です」と夫人が微笑む。「このように時を過ごすと年を取らない」とは本人の弁。 そのクリッシャーさんは今、朝鮮に熱い思いを寄せている。朝鮮に関心を持ったきっかけは、氏と親交の深いシアヌーク国王と金日成主席の「義理と友情」だった。「全く対照的な制度と異なる立場の指導者がこれほどに固いきずなで結ばれた例を私は知りません」。 過去6度訪朝した。当初は亡命中の国王から招待されて行った。後の3回は食糧、粉ミルクなど援助物資を1人で集めて自ら届けた。息子も娘も同行させた。 「朝鮮はカンボジアとは違います。教育レベルは高く、優秀な医者がおり、IT部門に最高の頭脳が集まっています。私がやろうとしていることは、朝鮮特有のイントラネットを使って遠隔医療システムを確立することです。幸い、平壌には東京・足立区で病院を経営する在日1世の金萬有さん(86)が建設した、金萬有病院という立派な拠点があります。私はただ自分のノウハウを伝えればよいし、資金も国際機構から引き出せます」。氏の頭の中にはすでに未来図が完成している。その構想は朝鮮政府の方針と完全に一致しているという。氏の意志と情熱は金萬有さんの心を捉え、金さんの協力も得ている。クリッシャーさんは、アメリカや日本の友人に働きかけて原書の医療雑誌・書籍を系統的に集め、すでに1000冊以上送った。常に言葉より行動が先にある。 温厚なタイプ。その口調はあくまでも穏やかである。しかし、ブッシュ政権に対しては手厳しい。「ブッシュは愚かで無知。朝鮮の人、文化、歴史は何も知らないのです」「北朝鮮は『悪の枢軸』ではありません。冷戦を生き延びたペンタゴンや軍需産業が軍事予算を拡大するために新たな『敵』や『脅威』を作り上げているのです」。 氏は自らの体験を交えて言う。「私の知っている北朝鮮の軍隊は戦闘よりも建設や工事に従事している労働力です。彼らが脅威を与えている訳ではありません。彼らが1番必要としているのは、経済建設に専念できる環境なのです」。 ブッシュ政権の登場に勢いを得たかのように、最近、日本の政府首脳をはじめ有力な政治家の口から核武装論や朝鮮攻撃論など物騒な発言が相次いでいる。 「そう言う人たちの家系や派閥など背景をよく見て下さい。おしなべて『親』の受け売りか人気取りのショービジネスといった性格のもので、取るに足りません。第一、世論が支持していません」。憲法改正や首相の靖国神社公式参拝にも国民の大半は批判的だ、と楽観的だ。しかし、過去の清算や日本の経済再建などについて日本の国民自身がもっと声を挙げるべきだと力を込めた。(崔寛益記者) |