漢陽大学名誉教授・李泳禧氏に聞く

公正な南北認識と理解、
民族全体の「人間化」を

南北首脳会談は「コペルニクス的大転換」


 「行こう北へ! 来たれ南へ!」と、いっきに統一気運が高まった1960年の4月19日の民衆蜂起。これに危機感を覚えた米国が翌年5月、軍事クーデターによって樹立した朴正煕独裁政権下、ジャーナリストとして権力の中枢に接近しながら独裁政権の犯罪を告発し、そのことによって厳しい弾圧を受けるなど、修羅場をかず限りなくくぐりぬけてきた李泳禧・漢陽大学名誉教授。その著書「朝鮮半島の新ミレニアム―分断時代の神話を超えて」(原題「半世紀の神話―休戦ラインの北と南には、天使も悪魔もない」)の出版記念会(10月27日)のために訪日した李氏は、本紙の取材に対して「米国務長官の訪朝は米国の戦争戦略の破たんを意味する」と熱く語った。

破たんした米国の戦争戦略
「朝鮮悪魔論」の「偶像」に警鐘を

 70を過ぎても覇気あふれる炯々(けいけい)とした眼光。「本紙の取材に応じることによって、何か迷惑をこうむるのではないか」と質問すると「そういう事は気にかけない」と、きっぱり。その言葉から、分断時代を最も激しく生きてきた行動派ジャーナリスト、知識人としての剛直さをうかがい知ることができた。

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 軍事独裁のもとで、反共弾圧、いいかえれば「勝共統一」の嵐が吹きすさぶなか、冷戦と分断のタブーに鋭く切り込んだ処女作「転換時代の論理」をはじめとした著書の数々は、李氏にすれば「洞窟(どうくつ)の中の獨白(どくはく)」に過ぎなかったかも知れないが、たたかう民衆の啓もう書として多くの支持を得、彼らを鼓舞したことはまぎれもない事実である。

 また「朝鮮半島の新ミレニアム」に、「盲目的愛国主義と狂信的反共・反北朝鮮主義の発動を警戒し、まずその真実の究明が重要であることを主張してきた」とあるように、李氏の筆鋒は90年代の冷戦崩壊以後、大国から激しい攻撃にさらされてきた朝鮮を同じ民族の一方として客観・公正に見ることによって、民族和解と統一への道を切り開き、民族全体の「人間化」を主張する方向へと展開されてきた。それは、「易地思之(相手の身になって考える)」、「人間の回復」という簡明な論理をもって、南北朝鮮の公正・客観的で人間的な認識と理解を求めるものだ。

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 朝鮮戦争(50年6月〜53年7月)から7年間の軍隊生活をとおして、「嘘と偽りで覆われた社会で真実の価値を明らかにし、真実以外の何物に対しても忠誠を拒否する、そのような信念が育った」と言う。

 「『偶像』と『神話』によって人間の意識を麻ひさせ、人間の個の存在さえも無視する社会に対して警鐘を鳴らすため、真実をともに分かち合うため記者の道を選んだ」

 57年、合同通信(後に当局によって強制統廃合)外信部記者となって、以後、シャープな切れ口で真実を訴え、独裁権力の「正当性」を否定し続けてきた。

 それによってこれまでの40余年間、肉体的かつ精神的にあらゆる苦しみを味わわなければならなかった。しかし、「コペルニクス的大転換」をもたらした今年6月の南北首脳会談の実現によって、「自分がこれまで主張し続けてきたことは正しかったという自負が胸中にほうふつと沸き上がっている」と言う。そして会談の成果について「なによりも、朝鮮半島から戦争の可能性が消え去ったことであり、自己の運命を主体的に決定した南北の民族的決意を示したことである」と強調する。透徹した民族観、歴史観に裏付けられた言葉の一つひとつに重みがある。

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 首脳会談後の情勢、とりわけオルブライト米国務長官の訪朝について「北を軍事力で抹殺しようとした米国の戦争戦略が破たんしたことを意味する。対話する以外に方法がないのだ。今後、朝米関係は気流に乗るだろう」と説く。

 現在、統一国家像などについて様々な議論がなされている。金正日国防委員長が金大中大統領や南のマスコミ代表の前で語ったと、彼らによって伝えられている米軍の駐屯問題について、李氏は個人的な考えとして「かりに、金正日国防委員長が統一国家にも現在の南のように米軍が駐屯しなければならないと考えているのかどうか、について明確な態度表示がなくてはならないと思う」。さらに、南においても「現在の駐韓米軍体制を国連平和維持軍体制に代替する構想もありうる」とし、「南北の信頼増進のため2年間軍事費増額を凍結して、相手の信頼を得るべきだ」と持論を述べた。

 しかし、「南には政治的経済的な問題が山積されている」。また周辺情勢も複雑な諸要素がからみあって動いている。だから、南北対話などには一定の調整期間もありうるだろう、と指摘しながらも「離散家族の生死確認、名簿の交換などは加速化しなければならない」と述べる李氏は、離散家族として過酷な道を歩んできた1人でもある。その語り口には、家族離散の悲しみが込められていた。

 李氏がこれまで繰り返し主張してきたことの1つに、日本の「朝鮮悪魔論」の「偶像」と「神話」の破壊ということがある。「日本は全体的に右傾化の傾向にある。とくに、知識人は『物を考える』ことを放棄したかのようだ。それは朝鮮問題に顕著に表れている」。と、同時に「南北が共助体制をとり、朝・日国交正常化交渉において日本に圧力をかけていくのが望ましい」とも強調した。(金英哲記者、関連記事

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