春夏秋冬
ドストエフスキーの「白痴」に登場するイッポリートは死の直前、病室を飛び回る蠅(はえ)を見て、あの蠅さえも宇宙の祭典で自分の居場所があるのに、というようなことを独白していた
▼主人公のムイシュキン公爵は、「白痴」と呼ばれるほど純真無垢な心の持ち主。イッポリートは、何かに付けて、そのムイシュキン公爵に嫌がらせをするのだが、彼は不治の病を患っていた。死の直前の独白は、本当は公爵を好きなのに、この世に居場所を見つけられないイッポリートが、わざと嫌がらせをしたのだと読みとれる
▼先日、東京朝高の卒業式に出席した。1人ひとり名前を呼ばれた卒業生全員が、堂々と胸を張って力いっぱい大きな声で「イエー」(はい)と答える姿に、鳥肌が立つほど感動した。3年間の高校生活が充実していたからできることだ。それから式の後、卒業生が校庭で両親、先輩、後輩から祝福の花束をもらう光景も微笑ましかった
▼自分のときはどうだったのだろうか、と思い出そうと努めたが、何も思い出せなかった。その代わり、小学校を卒業したときの記憶がよみがえった
▼片田舎の日本の学校で、朝鮮学校に進学するのは筆者1人だけだった。式では、それぞれの進学先が紹介されるのだが、筆者だけは「その他」だった。「剣道部に入ろうぜ」とか、同級生の進学先の話題にも加われなかった。早く式が終わればいいとだけ願っていた
▼中学生時代に読んだ「白痴」を思い出したのは、イッポリートと小学生の自分が重なっていたからかも知れないが、朝高の卒業式に「イッポリート」はいなかった。(元)