それぞれの四季

いのち芽吹く春/卞外順


 毎朝自転車で通っていた、自宅から最寄りの駅までの決して近いとは言えない道のりを歩くようになって、はや3ヵ月が経とうとしている。

 ただ後ろに流れていた景色がコマ送りのように鮮明になった今では、季節の移り変わりを肌で感じ、小さな春を見つけるのが何よりの楽しみ。黙々と歩を進めるその時間を「もったいない」と思っていた頃がうそのようだ。

 きっかけは極めて単純だった。

 ある日、ふと目に飛び込んできた、一輪のたんぽぽ。そんな、当然ではあるがしかし見落としがちな光景に「気づいた」自分が、なぜか無性にうれしかった。そして、数日前まで踏みしめていた霜柱がいつか消えていることに気づき、新鮮な感動すら覚えたのである。

 気取らない、あまりに普通の「春」は、ほかにもあちこちにあった。雑草の中から背伸びするつくし。固く閉ざしていたつぼみを精一杯に開いた紅白の梅。窓から寒そうに外を眺めていた猫が、塀の上で体を伸ばし日向ぼっこをする姿。様々な草花の香りを含んだ風――。まだ空気は冷たいが、自然界の生き物たちは敏感に季節をとらえ、命芽吹く春ならではの躍動感と喜びに、静かに満ちあふれているかのようだ。

 日々の生活に追われ、身の周りにさりげなく存在する自然を愛でる気持ちを忘れて渇いていた私の心。しかし今は肩の力も抜け、思いがけず、失いかけていた心のゆとりを取り戻せたような、少し得した気分に浸っている。

 これからの人生、何が起きるか想像もできないが、常にゆったりと構えて受け止める、そんな余裕を持ち続けたい。 (事務員)

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