介護保険・同胞高齢者は
利用者意識が変えるサービスの質と形
制度移行で置き去り?/ニーズ掘り起こし急務
4月1日から、いよいよ介護保険によるサービスが始まる。サービス基盤の不足やケアプラン作成の遅れなど波乱含みのスタートとなるが、いずれにせよ介護サービスは、行政から「与えられる」ものから、一定の自己負担のもとに利用者が「選ぶ」ものへと変わる。従来の福祉とも疎遠だった同胞高齢者にとって、この変化はどんな意味を持つのか。大阪の現場に、手掛かりを求めた。
地域で孤立
東大阪市の有限会社「ハートフル東大阪」は、昨年9月に府から居宅介護支援事業者などの指定を受けた。現在は介護認定の代理申請やケアプラン作成を請け負っており、4月からはヘルパーによる訪問介護も行う。申万洙代表は「4月までに50人分のプランを作れそう。半数が同胞になるだろう」と話す。
ハートフルの方針は、地域で孤立し、福祉の網から漏れている同胞高齢者の暮らしを支えること。在籍するケアマネジャー4人のうち3人、ヘルパー15人のうち7人が同胞で、言葉や生活習慣の壁のないサービスを提供できる。
申さんは、知人から聞くまで同胞高齢者の現状について知らなかった。今は一人ひとり訪ねて歩きながら、なぜここまで、との思いを募らせている。
「とくに独居老人の生活は寂しすぎる。子供が何日かに一度まとめて作っていく食事を食べながら、暗い部屋で一人過ごしたり、住まいが2階にある人など、病院に行くにも這うようにして階段を上り下りしている」
利用格差
大阪市生野区。在日同胞が人口の4分の1を占め、市内で最も高齢者(65歳以上)が多い地域でもある。いささか古くなるが、同地域における同胞高齢者の福祉サービス利用動向について、興味深いデータがある。
1993年末の時点で、同区在住の日本人高齢者は約1万9000人、同胞はその5分の1だった。ところが、福祉サービスの利用人数を比べると、ホームヘルプで13対1、特別養護老人ホームで10対1、ショートステイで9対1という格差があったのだ。
調査時点からは数年が経過しているものの、「現場の実感としては、状況はさほど変わっていません」と、同区にある共和病院のソーシャルワーカー、洪東基さんは指摘する。
原因としては、同胞はそういうサービスの存在を知らなかった、とくに一人暮らしだと町内会などの輪にも入れず、行政とのアクセスが欠けているということがあるようだ。
大阪市では全体的に介護申請が低調で、行政や事業者がニーズの掘り起こしに努めている。が、「以前からの利用格差が、新制度にそっくり持ち越されないかと心配です」(洪さん)。
ビジネス化
行政の福祉サービスについては以前から、「言葉が通じない」「食事などが外国人向けに配慮されていない」という不満が多かった。生野区には4000人前後の同胞高齢者がいるが、こうした要望への対応をうたう訪問介護事業者は、隣接地域のハートフルを含めても2ヵ所しかない。
ただ、介護サービスは今後、実施主体が行政から民間事業者に移り、ビジネスとしての性格を強める。事実、初年度4兆3000億円と言われる市場をにらみ、企業の参入が相次いでいる。
つまり、ニーズが顕在化すればそれに応える事業者が現れると言うことだ。だが、「利用者が自覚しなければ、自分に合ったサービスは受けられない。同胞向けのサービスは、同胞社会全体が必要性を認識して初めて実現できる」と、社会福祉法人「こころの家族」の尹基理事長は話す。
「こころの家族」は堺市で、日本で唯一の同胞向け特養ホーム「故郷の家」を運営する。同ホームは現在、80人入居の満所状態、待機者も140人に達するが、開設した89年から1年間は赤字経営で、借金は7000万円まで膨らんだ。
尹理事長は、介護が福祉だった時代の「待ち」の姿勢が、ビジネス時代に通じるか不安もあるという。
「長い間、サービスから遠ざかっていたことで、同胞高齢者の介護ニーズは潜在化しています。それに、顧客を囲い込む営業力は日本企業のほうが断然強い」からだ。
言うまでもないが、同胞高齢者は日本全国にいる。集住地域である大阪の例は、不足はあれども同胞への関心は高い方だと言える。同胞高齢者の制度からの脱落を防ぎ、より良いサービスを利用できるようにするためには、何よりも潜在化したニーズの掘り起こしが急務だ。(金賢記者)