春夏秋冬
卒業、入学式のシーズンである。新しい旅立ちに、胸ふくらませている人も多いことだと思う。ところでこの時期、会社社会では転勤のシーズンでもある。昇進、左遷…。悲喜こもごもの光景が繰り広げられる
▼筆者の久しい友人で、南北の現地取材も含めて朝鮮問題を多角的に報じ、分析してきたAさんも、2年余りの単身赴任生活に別れをつげ、家族の下に帰ることになった。50近くになっての異郷での一人暮らし、肉体、精神的に苦労が多かったと思う
▼彼の仕事の特徴は「郷に入りて、粘り強く」だった。言葉を覚え、歴史を知り、現地に行って対話をし、そして短急に結論を出すのではなく、追いかけ見守り続ける、ということである
▼「全斗煥時代、金大中批判を合唱した者たちが、金大中大統領の誕生とともに掌を返して賞賛に回ったり、北朝鮮は崩壊するから人道支援も必要ないと書いた者たちが、今は話し合いが重要だと言う。その場しのぎ、一貫性のなさ、朝鮮問題が正確に世論に伝えられていない要因がここにある」
▼社論が存在するマスコミ界で、それと異なる結論を活字にすることには相当の勇気が伴う。そんな事を意に介するふうもなく、「当たり前のことを、当たり前に書いて何が悪いんですか」とストレートに主張もしてきた
▼そのAさんを囲んで先日、ささやかな「ご苦労さん会」が開かれた。彼の先輩、後輩、そして知人たちが集まった。杯がすすみ、座は自然と歌の会に発展した。彼の番になった時、自分の思いのたけを込めるかのように南の数曲と北の「ネナラ」を絶唱した。(彦)