英国国教会の流れをくむ聖公会の司祭で、神学院教員の井田泉さん。95年に「日本聖公会の戦争責任に関する宣言」を決議する上で大きな役割を果たした。
「聖公会を含めて日本のキリスト者らが、日本の朝鮮植民地支配の過程で犯した罪は明確です。とりわけ、日韓併合後、いかに総督府に協力し、神社参拝、御真影奉戴などに荷担していったかは歴然とした事実です。これに抵抗したたくさんの朝鮮の人々が獄死させられたのです」とキッパリ語った。
日本の過去を掘り起こし、史実に照らした厳密な省察をすべきだとする自己検証の声が聖公会の内部で広がったのは86年頃。南朝鮮のキリスト関係者らとも交流を結んだのもその背景にある。
「1859年に日本に伝わって以来、1986年に削除されるまで、聖公会の日々の礼拝に使われる祈祷書には『天皇のため』という言葉が刻まれていました。戦争中には『天長節祈祷』『紀元節祈祷』『支那事変特別祈願式文』などの祈祷文が作られた。戦争が激化すると『天皇を救ひたまえ』という表現が『今上天皇を永遠にさきはひ給へ』に変わった。戦後も天皇のための諸祈祷がずっと存続したのです」
井田さんは「日本のキリスト者が植民地支配と侵略戦争を支持、黙認し、戦後は被害者への国家としての謝罪と補償を怠った」としたうえで「遅くなりましたが、私たちの責任を明確にできたことに感謝を捧げたい」と晴れ晴れとした表情で語った。
(粉)
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