歴史的な平壌対面と南北最高位級会談

歓声と拍手 南朝鮮市民


  金正日総書記と金大中大統領が歴史的出会いを果たした13日、南朝鮮市民の耳目は「平壌に釘付け」(朝鮮日報)になり、出会いが実現したその瞬間、歓声と拍手がわき起こったという。

心の奥から感動∞統一実現、涙が∞文益換牧師なら踊った

老若男女が一様に

 「仕事が手に付かなかった。こんな日に平常で仕事する方が異常なのかもしれない。コンピュータを使っていても、ハンドルを握っていても、食事の後かたづけをしていても、市民はテレビとラジオから目と耳を離せなかった。55年ぶりに実現した南北首脳の歴史的な出会いを見守り、心の奥底からわき出てくる感動を味わっていた」(ハンギョレ新聞)

 公務員の金ヨンス氏(50)は「北が金大統領を歓待するのを見ると、南北関係が画期的に改善されるように思う。平素、平壌ははるか遠いところだと思っていたが、(飛行機で)40数分しかかからないことを知って、胸にジーンときた」と述べた。

 主婦の孫ゲファさん(54)は「暗くて陰うつだろうという予想とは違って平壌の町並みは明るかったし、金正日国防委員長の表情も優しかった」と述べ、大学生の金キヨン君(25)は「金正日国防委員長が、北の幹部を帯同して金大統領を出迎える姿を見て、その間、持っていた北に対する先入観が崩れていくのを感じた」と話した。

非転向長期囚も

 「いつかは家族が待つ、故郷へ行くんだと思っていました。いま、涙を流しているのは、故郷へ行けるという期待よりも、南北の最高指導者が会って1つの民族であることを確認し、これで平和統一が実現するという喜びからです」

 大邱市にある「兄弟の家」で、歴史的な出会いをテレビで見守っていた非転向長期囚の金ヨンス(69)、崔ソンムク(72)、崔スイル(61)、ハン・ジャンホ(71)さんらは、感激の涙を流しながらも嬉しさを隠さなかった。

 金ヨンス氏は「数10年間、苦労したことを後悔したことはない。所信に従って良心を守った。われわれの犠牲が祖国の平和的な統一と7000万民族が1つになる礎石になるのなら、思い残すことは何もない」と静かに語った。

文益換牧師の夫人

 95年6月、金日成主席の弔問のために訪北した朴容吉女史(文益煥牧師の夫人)は「文牧師と私が、監獄で苦労したことが夢のようです。亡くなった文牧師がこの(出会いの)場面を見れば、きっと踊りをおどったでしょう」と目頭をおさえた。朴女史は帰還した後、投獄された。

 「日本天皇の弔問には行ったのに94年、首脳会談のわずか2週間前に金日成主席が他界して、当事者である私たちは弔問すらしませんでした。このために南北関係は、さらに冷えた関係になってしまって。文牧師が生きていれば、(弔問に)行ったでしょうが、主席よりも半年前に亡くなったので、私でも行かなければと考えたのです。

 その間、無数の密使が行き来したでしょうが、一方では法を犯して訪北したといって、多くの人が弾圧されました。彼らの苦労があったから、首脳会談も実現したと思います。
 首脳会談を契機に、南側の人々が北の人々の話に耳を傾ければと思います。それが、本当の統一を迎える練習ではないですか」

 

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